« 2004年7月 | トップページ | 2004年9月 »

2004.08.31

【波照間旅行記12】ガラスのエース

7/22(2日目) 午後10時

 今日は一日追い込み漁をして遊んだのでクタクタです。もう寝ることにします。

 ところで、もしかして今後この民宿「みのる荘」に泊まるかもしれない人のためにひとつ重要な情報をお教えします。それは…

 クーラーがコイン式(100円/時間)である

 ということです。我々の部屋のクーラーは、一度に400円までしか入れられませんでした。ということは、寝る直前に400円入れても、4時間後には冷房が切れてしまうということです。

 ちなみに、実はこの部屋はまだマシな方で、父さん母さん達の部屋のクーラーは、一度に100円しか入れられない構造でした。寝る直前にお金を入れても、1時間後には冷房が切れてしまいます。どうなってるんだベイベー!!

 窓を閉め切って冷房するか、冷房をかけずに窓を開けるか。究極の選択です。昨晩(1日目)、オレ達は、窓を閉め切って冷房する方を選択しました。とりあえずいったん寝ちまえばこっちのもんだろう、という考えです。そこで、窓を閉め切り、夜10時、寝る直前に400円入れて就寝しました。おやすみなさい。

 …ん…んん……ん~…あちい…あつー

 オレは蒸し暑くて寝苦しくて目覚めました。時計を見ると、午前2時。お金を入れてからきっちり4時間です。しょうがないので、オレは起きだして、コイン投入口に400円入れました。うっしーは、多少寝苦しそうですがしっかり寝ています。止まっていたクーラーは再び動き出しました。もういちど、おやすみなさい。

 …ん…んん……ん~…あちい…あつー

 オレは蒸し暑くて寝苦しくて目覚めました。時計を見ると、午前6時。さっきお金を入れてからきっちり4時間です。ムカつくくらい優秀なタイマーです。まだ起床には早いです。しょうがないので、オレは起きだして、コイン投入口に200円入れました。うっしーは、多少寝苦しそうですがスヤスヤ寝ています。オレはちょっと殺意をおぼえかけましたが、ぐぐっとこらえました。あぶないあぶない。止まっていたクーラーは再び動き出しました。今度こそ、おやすみなさい。

 …とまあ、1日目の夜はこんなでした。さすがに4時間起きに目覚めるのはつらいので、今日は窓を開けて寝ることにしました。おやすみなさい。

 こうして、繊細でデリケートな神経を持った、壊れそうな物ばかり集めてしまうガラスのエース、ワタナベ。は眠りにつきました。

(つづく)

1つ前次へ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2004.08.29

【波照間旅行記11】戦い済んで陽が暮れて

7/22(2日目) 午後6時

 おじさんは浜辺で次々に魚の腹に切れ込みを入れていきます。オレ達は、おじさんが切れ込みを入れた魚のお腹からハラワタを取り出します。

 今日いちばんの獲物、巨大魚のハラワタを取り出したうっしー父さんは、こんなことして遊んでました↓

040829_124401.jpg

 御歳57才の、オレの義父です(涙)。

 魚の処理が終わると、おじさんはオレ達を民宿まで送ってくれました。民宿に着くと、おじさんは、「民宿のオヤジに渡して刺身にしてもらえ」と、クーラーボックスから巨大魚を取り出しました。うっしー父さんが民宿の台所に行って巨大魚を渡してきました。

 オレ達は部屋で着替え、シャワーを浴びて一服した後、食堂へ向かいました。関西からの2人組も交えて夕飯です。オカズはもちろん、巨大魚の刺身です。刺身のほかにも、頭や骨の周りの肉など残りの部分が煮付けになって出てきました。

「かんぱーーーーーーーーーーーい!!」

 オレ達は本日の戦果を前に、生ビールで乾杯。刺身に箸をのばします。コリコリシコシコしててなかなか美味でした。各自の武勇伝も酒の肴です。いやあ、自分達で獲った魚を食うのは美味い。あれだけ歩いて泳いで腹も減っているのでますます美味い。名前もわからない魚だけど、えらい美味かったです。

 食事が終わった後は、天文台に行きました。島の南西の方にあって民宿からちと遠いのですが、民宿の人がバスで送迎してくれるそうです。8時に民宿を出発しました。日本で南十字星が見れるのはここだけなので、天文ファンにも人気があるそうです。ただ、見れるのは6月末くらいまでということで、今回は見れませんでしたが。

 しかし、周りに明かりがほとんど無いので、肉眼でも星がたくさん見えます。都会とは星の数が違います。天の川もバッチリです。天文台にはでかい望遠鏡も備えられているので、月と、木星を見せてもらいました。

 民宿の人が9時頃に迎えに来ると言ってたので、オレ達は9時頃に天文台を出て駐車場に行きました。しかし、民宿のバスはまだ来ていません。駐車場といっても、明かりは無く、まさに真っ暗です。オレ達5人は駐車場横の芝生に寝転がり、空を眺めていました。

「あ、流れ星」
「え、どこどこ」
「いまさっきあの上の方から流れてった」
「えー見逃した」
「このままじっと見てればまた流れるよ」
「…」
「あ、流れた」
「おー」
「おー」
「おー」
「…」
「…なんか、さっきからお父さんが無言なんだけど」
「…………んゴーーーー。グガゴゴ。ZZZZ…」

 …父さん寝てました。

(つづく)

1つ前次へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.08.28

【波照間旅行記10】男の戦い

7/22(2日目) 午後5時

「た、大変なことになってる!大変なことになってる!」

 うっしー母さんは一列に並んだ追い込み部隊の一番端に位置していて、オレから最も遠い位置にいたのですが、そんなオレのところまでうっしー母さんのエキサイトぶりがビシビシ伝わってきました。

「おじさん!早く!おっきい魚がいるよ!」

 どうやら巨大魚が網の手前を泳いでいたようです。後で聞いた話だと、うっしー母さんは網の位置を把握していなかったので、巨大魚が網の外側にいると思っていたそうです。おじさんは、他の追い込み部隊に網のところに行くよう指示してうっしー母さんの元に駆けつけます。

 うっしー母さん以外の追い込み部隊も、水中メガネで網に魚がかかっているか確認します。

「うおーーこっちもすごいよ!」
「おおおおおお」
「うひょーーーーー」

 各地で奇声があがりました。オレも顔をつけて水中を覗いてみました。おおおおおお。いるいる!オレの両手で届く範囲に、20cmくらいの魚が6、7匹、網にかかっています。

「網の下側を持ち上げろって!」

 そのとき、オレの右隣にいたBさんがおじさんからの伝言を伝えてきました。オレはさらに、左隣のAさんにそれを伝言しました。そして、海の底から網の下端部分を持ち上げて、網を袋のようにして持ちます。網にかかった魚は、その袋の中でじたばた泳いでます。

 オレは顔を上げてみんなの様子を見渡しました。うっしー母さんところの巨大魚はとりあえず解決したようです。みんな自分のところの網と格闘しています。ふとおじさんの方を見ると、顔つきがさっきまでとは変わっています。鋭い目つきで、戦う海人の顔です。まるで「こち亀」の本田のような変貌ぶりです。さっきまではバイクに乗ってなかったのに、今はバイクに乗った本田の顔をしています。本田、いや、おじさんは鬼の形相でオレに向かって叫びました。

「ワタナベ。! 魚、殺したか?」
「殺してないですーーー」
なぜ殺さない(怒)!!!!!!!!

「なぜ」って言われても、殺し方がわかりません!!!

「エラに指つっこんで!!」

 オレはあせって自分の担当領域の網にかかっている魚のエラに親指をつっこみ、エラの中をぶちゅぶちゅとつぶしました。6、7匹の魚をしとめて、任務完了。

 左隣を見ると、Aさんはまだ網をたくし上げていませんでした。どうやら、網の下側がサンゴに絡まっているため、持ち上げられないようです。それを遠くから発見したBさん、Aさんに向かって怒りの形相で叫びました。

「Aさん、網!網!網の下持ち上げて!おーい、Aさん、網!」

 Aさんは半分水に潜りながら「いや、網が…アプ…サンゴにひっかかって…アプ…とれへんねや」とか言ってますが、興奮したBさんの耳にはAさんの言葉など届いていません。

「おーーい、Aさん!A!コラーッ!A!オレの話しを聞けッ!あ・み・を・あ・げ・ろ!!」
「いや、アププ…だから、網がとれへんねん」
「だーーー。いいから、A!オレの話しを聞け、網を上げろ!網!A!おいA!」
「アプ…さんごに網がひっかかってん」
「コラA!A!網だよ!網!上げろ!網!A!えーーーい!網!うがーーーーーーーーーーーーー

 まるでアテネオリンピックのアニマル浜口のようでした。

 とにかく、そんなわけで各地でこのような格闘が繰り広げられ、オレ達は大量のおかずを獲得。うっしー父さんが獲物を獲物用の網に入れて出発地点まで持ちかえり…ですが、獲物が重すぎて持ち上げられません。海の中をひきずって持ちかえりました。

 出発地点に戻ると、おじさんは包丁をとりだし、魚の腹をさばいてハラワタを取り出します。ちなみにこのとき、うっしー父さんやBさんが決死の思いでとったカニが、捕まえたときに殺していなかったため逃亡してしまいました。

(つづく)

1つ前次へ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2004.08.26

【波照間旅行記9】いよいよ決戦!

7/22(2日目) 午後4時30分

 オレ達4人(おじさん、オレ、うっしー、Aさん)の網部隊は、追い込み部隊の待機地点から出発して、海岸沿いをずんずん歩いていきます。ここの海岸は、大げさに言うとリアス式海岸のように海岸線がグニャグニャしてます。オレ達はおじさんの後についてひたすら歩きます。追い込み部隊は出発地点で、おじさんの合図があるまでひたすら待機です。

 ずんずんと歩いていると、オレ達網部隊は、いつのまにか追い込み部隊の姿が見えない位置まで来ていました。つーかおじさん、これじゃ合図しても追い込み部隊には見えないよ。

 このとき、残された追い込み部隊は、おじさんの姿が見えなくなってしまったため、ちょっとモメていたようです。我慢の足りないうっしー父さんは、「もう出発しよう」と主張し、律儀な?関西のBさんは、「いや、おじさんが『合図があるまで待て』と言っていたんだから待ちましょう」と主張していたらしいです。結局、追い込み部隊は我慢してその場で待ちつづけました。

 追い込み部隊の姿が見えなくなってだいぶ経ってから、おじさんは足を止め、うっしーに指令を出しました。「うっしー、あそこまで行って、おじさんが合図したらみんなを連れて来い」。おじさんは、網部隊の現在地と出発地点との中間地点あたりの、海岸線が張り出しているところを指さして言いました。後で聞いたところによると、おじさんは、「中間地点でおじさんの合図を追い込み部隊に中継しろ」という指示をしたつもりのようでしたが、その意図はうっしーに伝わってませんでした。うっしーは、「中間地点まで追い込み部隊を呼んで、おじさんが合図したら中間地点から追い込みを開始しろ」と解釈したようです(つーか、オレもおじさんの話を聞いてたけど、同じように解釈しました)。うっしーはここまで歩いてきた道を逆戻りして追い込み部隊を呼びに行きました。

 前線に残った網部隊はおじさんとオレとAさんの3人です。おじさんは、オレとAさんに網を広げるように指示しました。オレとAさんは指示にしたがって網を広げました。しかし、追い込み部隊は当分ここまで来そうにありません。おじさんはオレ達に、網のまわりでも泳いで遊んでろとゼスチャーで指示しました。

 オレ達がパチャパチャ泳いで遊んでると、追い込み部隊の姿が見えました。結局、追い込み部隊は最初のスタート地点から海に入り、遥か遠方から延々追い込みをしてきたようです。オレの感覚では、スタート地点から網の位置まで800mくらいありました。ひょっとしたら1kmくらいあったかもしれません。網部隊はそんな距離を、ロープを持って横一列でじりじりと接近してきます。

 ちなみに、後で聞いたところによると、ロープを使うときは、ロープを水面より下に保ち、パシャパシャしないで接近するのが正しいやり方らしいです。しかし、おじさんは例によってちゃんと説明をしなかったので追い込み部隊はそのへんをまったく理解していませんでした。午前中の漁はロープを使わず手でパチャパチャするやり方だったので、追い込み部隊は午前中と同様にロープを水面にたたきつけてパチャパチャやりながら接近してきます。

「ロープ沈めろ!」

 おじさんは追い込み部隊に向かって叫びましたが、距離が遠いうえにパチャパチャわーわーやってるもんでおじさんの声がよく聞こえません。「ロープ沈めろ!」おじさんは叫びつづけ、追い込み部隊はだいぶ網部隊に接近したあたりようやくおじさんの指示に気付きました。追い込み部隊はロープを沈めて接近してきます。おじさんは、オレとAさんに、網が円弧を描くように移動しろと指示します。追い込み部隊にも、ロープが円弧を描くように移動しろと指示します。網の半円とロープの半円が合体して円になる感じです。

「うっしー母さん、魚いるか?」

 おじさんに促され、うっし―母さんは水中メガネで海の中を覗ました。その直後、うっし―母さんはあわくって顔を上げて絶叫しました。

「た、大変なことになってる!大変なことになってる!」

 な、なんだ!?いったい何が起きているのか!

(つづく)

1つ前次へ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2004.08.22

【波照間旅行記8】決戦直前

7/22(2日目) 午後4時

 …の前に。そういえば、アレでした。追い込み漁に2回失敗した後、オレ達はある大きな岩の岩陰に魚がけっこう潜んでいることに気付きました。そこで、その岩を囲むように網を張って、岩陰を棒のようなものでつついたら魚が網にかかるんじゃないかと誰かが提案しました。オレ達はさっそく網を張って岩陰を棒でつつきましたが、魚は一匹もかかりませんでした。おじさんはそんなオレ達の行動をあまり口出しせずに見ていましたが、失敗に終わると「魚は岩陰であんた達を笑ってるよ」と言ってました。

 で、昼飯後、一休みして午後4時前、ふたたび追い込み漁に挑戦。場所も移動です。トラックに乗って、別の浜に移動しました。新しいポイントに着くと、島の人が2人、ちょうど漁を終えたところでした。その人達は結構獲ったようです。今度は期待できるかもしれません。

 オレ達は、おじさんの後について、海岸を入江のように張り出している方へ移動していきます。途中、潮が引いて水位が浅くなった岩肌に、カニの姿が見えました。「おじさん、カニがいるよ!」うっしー母さんが奇声を上げました。前回来たときに、おじさんがこのカニを大量につかまえてくれて、から揚げにして食べたのがえらい美味かったらしいです。おじさんはうっしー母さんのリクエストに応えてあっという間にカニを何匹もつかまえました。うっしー父さんや、関西の2人組もカニとりに挑戦しましたが、つかまえてもハサミではさまれて「いたたたた」と逃がしてしまいます。実は、おじさんは、つかまえるとすぐにつぶしてカニを殺していたのです。こうして、おじさんは5、6匹のカニをとらえ、さらに先へと進みます。

 おじさんは、浜におりたところからしばらく歩いたところで、オレ達を呼び集めました。砂浜に絵を描きながら作戦会議です。その作戦によると、網部隊4名(おじさん、オレ、うっしー、関西の2人組のうち1人(Aさん))が、入江の向こう側に行って網を張り、網張りが完了したところでおじさんが追い込み部隊に合図します。おじさんの合図があったら、追い込み部隊4名(うっしー父さん&母さん、I川さん、関西の2人組のうち1人(Bさん))が、ロープを持って一列に並んでじりじり網に接近するという作戦らしいです。ちなみに、午前中の漁の際にはロープは使用しませんでした。つまり、おじさんは午前中とは違う作戦を採用していたのですが、ちゃんと説明をしないのでその意図はオレ達には正確には伝わってませんでした。

 とりあえず、網部隊は出発、追い込み部隊は待機。いよいよ勝負のときです。

(つづく)

1つ前次へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.08.21

【波照間旅行記7】失墜

7/22(2日目) 午前11時

 オレ達の水浴びを木陰で見守っていたおじさんが立ち上がりました。いよいよ漁の開始です。とりあえず一発目は、オレとうっしーが網部隊に指名されました。オレは網を抱え、おじさんの後について海の中に入っていきます。

「しーーーっ。水パチャパチャしない」

 おじさんは水音を立てずに海の中を歩くように指示しますが、オレは忍者じゃないのでそんなことはちょっと不可能です。波照間はサンゴの島なので、下はサンゴや岩で障害物が多いのでこけやすいです。こんな調子で浜から15~20mくらい沖の方まで歩いていきました。大潮(潮の満ち引きの差が最大の日)は1週間まえくらいだったらしいので、今日は潮が深いです。胸のあたりまでの深さです。

 おじさんは、その位置を中心に網を広げるように指示しました。オレとうっしーはそれぞれ反対方向に網を広げます。網は、たぶん全長50mくらいあります。おじさんは、「早く早く」と急いでやるように指示をします。しかし、オレが足を滑らせてバチャバチャ音を立てると、「しーーーっ。パチャパチャしない!」と注意されます。かなり不可能状態。水もどんどん深くなり、つま先立ちでようやく顔が出るくらいの深さです。

 こうして網部隊は、網の設置を完了しました。おじさんは手招きで、浜に残った追い込み部隊に海に入るように指示します。追い込み部隊は、手で水をバチャバチャ、口でわーわー言いながら、じりじり網に接近していきます。追い込み部隊が網のすぐ近くまで来ると、おじさんが網を確認するように言いました。しかし、網にはメダカの一匹すらかかっていません。まあ、海なのでもちろんメダカはいないのですが、獲物は何一つ網にかかっていませんでした。

「はいー、もう1回!」

 おじさんはめげた様子も無く、もう1回やるように指示します。オレ達はもう一度、同じように網をかけて同じようにバチャバチャやりましたが、これも不発でした。

「今日は潮が悪いんだよ」

 おじさんはそう言いました。なんでも、今日は午後4時頃が干潮なのでそのときがベストタイミングらしいです。

「大丈夫、おじさんは、こんなこともあるかと思って、冷蔵庫から魚もってきてるから、昼ご飯にしよう」

 オレ達は浜にあがり、木陰で火をおこしておじさんが持ってきた魚(数日前に漁で獲ったもの)を焼いて食べました。焚き火をして、一通り薪が燃えた後の炭の上に鉄網を乗せて、その上で魚を焼きます。非常にダイナミックなアウトドア料理(といえるのか?)で、はっきり言って灰まみれなのですが、美味いです。オリオンビールと、モチキビ入りのおにぎりもまた美味い。

 うっしー父さんが連れてきた2人組(関西の人らしい)は「ホンマにこれで獲れるんかなあ~?」と疑わしい目をしています。オレも、「おじさんはオレ達が来たから追い込み漁をやって見せてくれてるけど、本当は今日は潮が悪くてダメだってわかってるんじゃないかな~」とちょっと半信半疑でした。

 おじさんの権威は失墜しかけていました。

(つづく)

1つ前次へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.08.20

【波照間旅行記6】どこの誰かは知らないけれど

7/22(2日目) 朝8時

 今日はおじさんが「追い込み漁」をやろうと言ってます。「追い込み漁」は、うっしー家の人々が波照間を訪れるたびにおじさんが開催してくれるイベントらしいです。オレも、追い込み漁の話はうっしー家の人々からさんざん聞かされていました。その話によると、追い込み漁とは次のような漁らしいです。まず、参加者は、網部隊と追い込み部隊とに別れます。網部隊は先に海に入り、網を広げて魚を待ち構えます。続いて、追い込み部隊が海に入り、水をバシャバシャしながら網にじりじり接近していきます。そうすると魚は驚いて網のほうに向かって逃げます。こうして魚を網に追い込むと、網に魚がかかるという理屈らしいです。これが事前にうっしー家の人々から聞いていた追い込み漁に関する知識です。

 朝早くおじさんの家に行き、オレ達5人は、おじさんに連れられて浜に行きました。観光客どころか、島の人すらいないところです。小さな入江のようになっていて、砂浜もあります。おじさんは、まだちょっと早いからしばらく泳いで遊んでろ、とオレ達に言いました。しかし、ここでオレは水中メガネと足ヒレを民宿に忘れてきたことに気付いたので、うっしー父さんが運転するおじさんのトラックで民宿まで忘れ物を取りにいきました。民宿で、オレが部屋に忘れ物を取りに行っている間に、うっしー父さんは、ロビーで一服していた観光客(40代後半くらいの男性)に「今から地元のおじさんと漁をするんですよ」なんて自慢してました。

 オレとうっしー父さんは、民宿からおじさんの家に行き、おばさんと、おじさん家のお嫁さんと、2人の孫娘(宿題完了)をトラックに乗せて浜に戻りました。すると今度はうっしーがお腹が痛くなったというので、父さんとうっしーは薬を取りに民宿に戻りました。その他のメンバーは、浜でパチャパチャ泳いで遊びます。水の中を覗くと、確かに魚が泳いでいます。これを捕らえる気なのでしょうか。

 しばらく泳いで遊んでいたら、しばらくしてうっしーと父さんが帰ってきました。お腹痛いのは直ったそうです。ん?なんだか知らない人を2人連れてきてます。よく見ると、2人のうち1人は、さっきオレが忘れ物を取りに民宿に行ったとき、父さんがロビーで話しかけた人です。

 しばらく経った時、うっしー母さんがうっしー父さんに、あの2人はどうしたのか、と聞いていました。うっしー父さんは、「いやあ、どこから聞きつけたのか知らないんだけど、『地元の人と漁をやるって聞いたんですけど、一緒に連れていって下さい』って言われたんで連れてきたんだけど…。」と言ってました。

 いや、あの、父さん、アンタがさっき自分であの人に自慢げに話してたのですが…。

(つづく)

1つ前次へ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2004.08.16

【波照間旅行記5】宴

7/21(初日) 午後8時

 夕食後、オレ達は歩いておじさんの家に行きました。うっしーは小学4年生(10才)のときと、高校2年生(17才)のときと、2度にわたって1ヶ月近く波照間島に滞在しています。今回14年振りの来日ですが、おじさんの家までの道のりはしっかり覚えてました。自分の家の郵便番号もろくに覚えていないくせにたいしたもんです。

 そんなわけでおじさんの家に着きました。庭に敷物を敷いてお月様の下で宴会です。オリオンビールと、幻の泡盛と言われている「泡波」と、オレ達のために獲ってくれた魚を刺身にして振る舞ってくれました。おじさんは数年前に心臓を患ってペースメーカーを入れているので、島の人に頼んで漁してもらったらしいです。

 宴会には、オレ達5人と、おじさんの家族(おじさん、おばさん、おじさんの息子夫婦と孫娘2人)、漁をしてくれた島の人3人というメンツが参加しました。推定年齢70才のおじさんから幼稚園生の孫娘まで、年齢のダイナミックレンジがとても広いです。月明かりの下で、幼稚園生から推定年齢70才までの14人が酒(一部お茶)を酌み交わす。あ~なんか沖縄だな~と感じました。

 うっしー父さんがおじさんと出会ってからもう40年近くになります。おじさんはそのときの話を楽しそうにします。学生時代波照間旅行に来て、溺れかけていたうっしー父さんを助けたのがそもそもの出会いだそうです。それから2人で漁をして焼き魚をした話、夜通し酒を飲んだ話…。

 そんな話で、波照間の初日の夜はふけていくのです…。

 …後で聞いたところによると、実はあの時うっしー父さんは溺れてなかったそうです。

(つづく)

1つ前次へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.08.15

【波照間旅行記4】牛も飼ってるんです

7/21(初日) 午後5時半

 水浴びが終わると、おじさんが牛の世話をしに行くというので、おじさんの牧場まで一緒について行くことにしました。なんでも、おじさんは波照間島で初めて牛の飼育を始めた人らしいです。牛を飼うって言ったときは、最初はみんな馬鹿にしてたけど、今じゃ真似して牧場をやってる人がたくさんいるんだ、おじさんはちょっと自慢げにそう言いました。

 ふたたびトラックの荷台に揺られ、舗装された道から舗装されていないジャリ道に入ると、牛の群れが見えました。ここがおじさんの牧場らしいです。おじさんは、上り坂になっているジャリ道をトラックでずんずん上っていき、丘の上の作業小屋の前で車を止めました。この時間は、子牛に餌をやる時間らしいです。

 おじさんが作業を始めると、餌をもらえると思ったか、子牛が寄ってきました↓

 おじさんの牧場には、数十頭の牛がいます。子牛だけではなくて、立派なオスの成牛?もいます。おお~。近くで見るとなかなかの迫力です。

 ちなみに、うっしーは前回、高校2年生(17才)のときに波照間島に滞在しましたが、そのときおじさんの牛の世話を手伝ったそうです。おじさんに、「牛の足に縄をぐるぐる巻きにして牛を捕らえろ」と言われて挑戦したのですが、牛が興奮して突進してきたらしいです。おじさんが「木の上に逃げろ!」と言ったので、うっしーは近くの木に登って避難したのですが、牛が木にドーーーンって体当たりしてきてたいへん怖かったらしい。

 うっしーは、おじさんにそのときの話をして「おじさん、ありゃー女子高生には無理な仕事だよ」って言ってましたが、女子高生じゃなくてもムリです!32才の男性会社員でもムリです!オレは、そんな命令が下されたらどうしよう、って内心ビクビクしてましたが、今回はそんな無茶な命令は下されなくて命拾いしました。

 牛の世話が終わると、おじさんが民宿まで送ってくれました。もう夕飯の時間です。おじさんは、夕飯が終わったらおじさんの家に来いと言いました。

 民宿の夕飯は、あまり期待してなかったのですが予想に反してなかなか美味しかったです。イケてました。夕飯が終わると、さあ、おじさんの家で宴会です。

(つづく)

1つ前次へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

KING SUMMER/忌野清志郎

 昨年に引き続き、忌野清志郎の日比谷野音ライブに行った。今年は8/14、15の2daysだったが、初日の14日の方を見た。

 5:30の開演予定のところ、5:00頃野音についたが、まだリハをやってるところだった。「KINGのテーマ」を演奏していた。しばらく公園で待っていた。そういやRCの頃は立ち見席のチケットしかとれなくて、ずいぶん早く来て並んでたっけなあ、なんてことを思い出した。いやあ、それにしてもこの日はめちゃくちゃ暑かった。開場後、入り口付近で「グロンサン」を配っていたので、受け取って飲んだ。セミが大きな声で鳴いていた。夏だ。野音だ。

 開演。バンド(Nece Middle with New Blue Day Horns)のメンバーが登場し、「KINGのテーマ」を演奏しはじめた。去年の野音ではやらなかったけど、その後のツアーからずっとこれが1発目のようだ。演奏が終わって、MCのアオリの後、清志郎登場!今日はハナからマントを羽織っている。バンドは再び「KINGのテーマ」を演奏している。清志郎はジリジリとステージを練り歩き、おもむろにマイクの前に立つと、「ブンブンブンブンブン!」とシャウトした。「ブン・ブン・ブン」だ!客席が弾けた。三宅のギターとホーンセクションの音がガキーンと頭に響く。その後、「玩具」を挟んで、「BAKANCE」「トランジスタ・ラジオ」「サマータイムブルース」をたたみかけるように演った。「サマータイムブルース」は「金属疲労もおきている」という歌詞だった。三宅はピート・タウンゼントばりにジャンプを決めた。

 ここまでは本当に次々と間髪いれずに演奏して会場の熱気もすごかった。一息ついた後、「ラプソディ」が始まった。うお、生で聴けちゃったよ。生ラプソディだよ。イントロの梅津和時のSAXも、清志郎の歌も、三宅のギターも素晴らしかった。間奏のSAXソロでは、鳥肌が立ちそうになった。生きててよかった!

 新曲を2曲やった。正直ちょっとどうかなという感じだったが、「G・O・D」の歌詞はインパクトがあった。出だしを聞いたときはジョージ・ブッシュ批判の歌かとも思ったが、そうでもなかったみたい。

 三宅コーナーの後、「メロメロ」を演った。三宅のギターがとても良い音出してた。そして、「スロバラ」「世界中~」のバラード2連発。ここがとてもよかった。このころ陽も落ちて辺りは暗くなり、明かりのついたステージが浮かび上がってるみたいだった。清志郎の声は、遥か遠くまで届きそうなくらいよく響いていた。「スロバラ」は去年の野音では弾き語り+ホーンというアレンジだったけど、今日はフルバンドでの演奏。「世界中~」は去年もやったけど、RC解散後の最高傑作だと思う。シングル出たとき買わなかった(というか、レコード屋に売ってなかった)けど、去年の野音の後で「世界中~」が入っているベスト盤を買ったくらいだ。

 その後は、再び「WANTED」から「雨上がり~」まで畳み掛けるように本編エンディングへ。特に、「上を向いて歩こう」が終わった後、そのままベースだけでボボボボボとイントロを弾いて、「Lonely Night」へなだれ込むところがよかった。「Lonely Night」を聴くと、なぜか「ああ野音だな」という気分になる。

 本編最後は近頃おなじみの、「BABY何もかも」。曲を演る前のアオリのところで、清志郎は、「戦争が始まったら、歌も歌えなくちゃうし、絵も描けなくなっちゃうし、自転車にも乗れなくなっちゃうかもしれないんだ」とか言ってた。後ろの席のお姉さんが、「全部手前の趣味じゃねえか!」ってツッこんでたけど、オレはそれでいいんだと思った。ロックなんて、自分のやりたいことをやりたいようにやりゃいいんだよ!って思った。だから清志郎、いっぱい絵を描いて、自転車にも乗って、そしてオレ達の前で歌ってくれ!そして、清志郎は自分のやりたいようにマントショー+布団ショーをバッチリやって、舞台袖に引っ込んでいった。

 アンコールでは最初弾き語りでグロンサンのCMソングを演った後、真心ブラザーズの「素晴らしきこの世界」を演った。オレは真心のオリジナルは知らなかったが、まるで清志郎のオリジナルのようだった。アコギの音と、清志郎の声が心地よかった。次の新曲「Jump」はキャッチーで覚えやすい感じでよかった。馴れてきたら盛り上がりそうな感じ。あとはお約束の「ドカドカ」と「気持ちE」で締め。

 もう一回アンコールで清志郎と三宅が出てきて2人で「約束」を演った。「ありがとう、夢のような日比谷野音のこの夜を」って最後のフレーズで、さっき清志郎にツッコミを入れていた恐そうなお姉さんが、「うふふ」って嬉しそうに笑ってたのが印象に残った。

 王道回帰した清志郎は、最初から最後までずっとカッコよかった。

040814_202601.jpg

セットリスト
2004.08.14 at 日比谷野音
忌野清志郎 & Nice Middle with New Blue Day Horns

01 KINGのテーマ
02 ブン・ブン・ブン
03 玩具
04 BAKANCE
05 サマータイム・ブルース
06 トランジスタ・ラジオ
07 眠れないTonight
08 ラプソディ
09 エンジェル
10 G・O・D(新曲)
11 KISS(新曲)
12 It's Allright~月がかっこいい(Vo.三宅)
13 メロメロ
14 スローバラード
15 世界中の人に自慢したいよ
16 WANTED
17 上を向いて歩こう
18 Lonely Night
19 雨あがりの夜空に
20 BABY何もかも
EN1
01 グロンサンCMソング(弾き語り)
02 素晴らしきこの世界(弾き語り)
03 Jump(新曲)
04 ドカドカうるさいR&Rバンド
05 キモちE
EN2
01 約束

ロックな日々

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.08.14

【波照間旅行記3】ワタナベ。大地に立つ!

7/21(初日) 午後4時半

 さあ、船はようやく港に着きました。ワタナベ。波照間初来日です!

「あ、おじさんだ。おーい」

 うっしーや父さん母さんは、迎えに来ていたおじさんを発見したらしく、窓の外に向かって一所懸命手を振っています。うおー。オレはちょっと緊張しながら船から降りました。

「おじさん、久しぶり!」

 みんな順番におじさんと握手しながら挨拶をします。オレの順番は最後です。

「これ、私のダンナさんの『ワタナベ。』」
「ど、どうも初めまして。ワタナベ。です。」

 おじさんは推定年齢70歳。日焼けした肌にごつごつした手をした、大きな鼻が印象的な海人(うみんちゅ)です。

 オレ達一行は、民宿の送迎車にのって民宿に荷物を置きに行きます。おじさんは自分のトラックで後からついてきます。民宿「みのる荘」にチェックイン?(ノートに名前を書いただけだが…。)した後、オレ達一行はおじさんのトラックの荷台に乗りました。とりあえずおじさんが浜まで連れてってくれるらしいです。

 トラックの荷台から、流れていく波照間の景色が見えます。沖縄風の家、舗装されていない道、南国の植物、ヤギ、さとうきび畑。このときオレの頭のなかではハイロウズの「日曜日よりの使者」が脳内BGMとしてリフレインしていました。「♪このまま、どこか遠く、連れてってくれないか…」

↓荷台からの光景

 てゆうか、部落からちょっと外れると、人が全然いません。それは浜にいっても同じです。おじさんに連れてってもらったところは海水浴場とは別の浜でしたが、見事に誰もいません。

 オレ達はとりあえず、そこの浜でチャプチャプ水浴びしました。もう、浜ひとり占めですよ!

(つづく)

1つ前次へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.08.13

【波照間旅行記2】船の上で

7/21(初日) 午後3時半

 さて、船は出航しました。波照間島に向かってまっしグラです。しばらく行くと、左手前方に島が見えてきました。

 「ワタナベ。君、みてごらん。あれが波照間だよ」

 うっしー父さんが左手の島を指さして自慢げに言います。

「おお~!」

 カシャッカシャッカシャ。オレは夢中でデジカメのシャッターを切りました。


 しかし…、ん!?待てよ。確か波照間まで小一時間かかるはずだぞ…。だけど、まだ15分かそこらしか経ってねえぞ…?

 案の定、船は左手の島を通り過ぎて行きました。

 …。

「いやあ、ごめんごめん。間違えちゃったよ」

 ま、まあいいか。誰にでもマチガイはあるものだし。
 しばらく行くと、今度は右手にやや大きな島が見えてきました。

「おっ。あれはきっと西表(いりおもて)だな。ということは、あっちに見えるのが波照間じゃないかな」

 父さんが再び前方を指さして言いました。

「へえ~。波照間と西表って近いですね」

 などと感心したフリをしつつも、今度はシャッター切りませんでした、オレ。ふっふっふ、これがオトナ同士の腹の探りあいってヤツかな…。

 またしてもというべきか、船は父さんの指さした島とは別の方向へ向かっていきます。

 …。

 そして再び波間をゆくことしばし、

「おっ。ワタナベ。君。今度こそアレが波照間だ」

 はいはいそーですか。父さんの指さした方向には、水平線のほうにうっすら平らな島が見えます。あんまり信用してませんでしたが、今度は正解、それこそが目指す波照間でした。船は波照間島の港へと入っていきます。

(つづく)

1つ前次へ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2004.08.12

【波照間旅行記1】石垣島到着

7月21日(初日)

 さあ出発です。!ちなみに今回の旅行のメンバーは、オレ、うっしー、うっしー父さん&母さん、うっしー家の仲良しのおばさん(I川さん)の5名。

 羽田発8時45分だったかな?の飛行機に乗り込みました。滑走路まで移動してさあ出発!と思ったら飛行機がピクリとも動きません。なんと機体のトラブルで離陸できないとのこと。

 困りました。この日は、石垣島に着いてから波照間行きの船が出るまでの時間を利用して石垣島のおばさん宅を訪問する予定なのです。石垣島のおばさんとは、今回メインで訪問する波照間のおじさんの妹で、その昔うっしーの父さんやうっしーが大変お世話になった人らしいです。

 飛行場で待つこと1時間、ようやく故障が直り、離陸しました。しかし、那覇から石垣への予定していた乗り継ぎの飛行機には乗れなくなりました。おばさん、我々の訪問を大変楽しみにしていたらしいのに残念です。

 那覇に着くと、代替便の案内がありました。幸い、1時間遅れくらいで石垣に着きそうです。石垣から波照間へは船(フェリー)で行くのですが、なんとか最終便には間に合いそうです。しかし、石垣島の滞在時間は1時間弱になってしまいました。おばさんの家に寄るのは無理っぽいです。うっしーの父さんがその旨をおばさんに電話します。

 何やら電話で話し込んでいたうっしー父さん、電話を切ると、
「いや~、おばさんすごくがっかりしてるよ。もう親戚中呼び出して、三線の楽隊と、民謡の踊り手と、ソーキソバ用意して待ってたらしいよ。そんで、娘婿は仕事休ませたってよ」

 た、大変なことになってます!

 こんな盛大な宴が準備されていたのですが、おばさんの家に寄る時間はなくなりました。ああにっくきANA。そんなわけでおばさんの家に寄ることはできなくなったものの、おばさん達は石垣空港まで来てくれるそうです。

 我々はいそいそと石垣行きの飛行機に乗り込みました。今度は無事離陸。空港へ着くと、父さんとうっしーはダッシュで出口へ。オレは荷物が出てくるのを待ちます。荷物をとったら急いで出口へ。おばさん達は空港で待ち構えてくれていました。うっしーやうっしー父さん&母さんはおばさん達との再会を喜んでいます。しかし、空港から港まで移動しなければならないので、あまりゆっくりしている時間がありません。全員そろったところで、すかさず「時間がない、港へ行こう」とおばさん達の車に乗りこみます。

 そんなわけであわただしく港に着いて、やっと一息。オレも無事おばさんに紹介されました。そんでもっておばさん達は、冷たいオシボリと、冷えたパイナップル(石垣島産)、うっちん茶を振舞ってくれました。パイナップルがとても甘くて美味かった!

 港で30分ほど歓談したら、船の出航時間です。おばさんに、「今度は石垣にも泊まってよ」と見送られ、我々は波照間島へ向かったのでした。

(つづく)

1つ前次へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.08.07

【波照間旅行記0】はじめに

2004年、7月の21日~26日に、夏休みを利用して日本最南端の島、“波照間島”へ行ってきました。

そもそも、なんで波照間島かということは長くなるので省略しますが、簡単に言うと、うっしー(ヨメ)が過去2回ほど波照間島に言ったことがあって、地元のおじさんと知り合いなのです。オレはそのおじさんに紹介されに行くわけです。

新婚旅行でモルジブに行ったときも、去年沖縄本島に行ってケラマでダイビングしたときも、うっしーは「波照間の方がきれいだよ」とさかんに言ってました。いつか行ってやると思いつつ苦節3年、ようやく波照間島に上陸します!

ちなみに、「波照間はなんにもないし人もそんなにいないよ」との事前情報を得ていたオレは、前の日に本屋で文庫本を5冊ほど購入しておきました。「何にも無い南国の島ですること」といったら砂浜の木陰で読書くらいしか思い浮かばなかったので…。

さて、今回の旅行の日程は以下の通り
7/21 羽田→石垣→波照間
7/22 波照間
7/23 波照間
7/24 波照間
7/25 波照間→石垣→那覇
7/26 那覇→羽田

では、Let’s go!

次へ

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2004.08.01

波照間旅行記

 2004年7月21日~26日までの波照間島の旅行記です。

| | コメント (0)

« 2004年7月 | トップページ | 2004年9月 »