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2004.09.28

【波照間旅行記24】Diving a Go Go

7/24(4日目) 午前11時半

 えー、うっしーの不安をよそにダイビングのレクチャーは進行していきます。基本知識の講義を受けたあとは、港の脇の浅いとこで機材を背負って呼吸の練習をしました。これで準備完了。

 いよいよ船で出発でダイビングのポイントは製糖工場の沖のあたりだそうです。島からそう遠くないとこですが波照間は海がきれいなので遥か沖まで行かなくてもよいのでしょう。

 ダイビングショップの人は3人、船を操縦する太った無愛想なおじさんというかお兄さん。この人はきっとみんなから「クマ」とかいうあだ名で呼ばれているに違いありません。ヒゲ面で猛獣のようです。ガオー。それとインストラクターのお姉さんが2人。ひとりは、さっき講義をしてくれた感じのいいお姉さん。笑顔が素敵です。もうひとりはヤンキー系のお姉さん。目付きが微妙に鋭いです。

 船がダイビングポイントに到着しました。ひとりずつ海に入るよう言われました。まずはオレが海に入ります。ヤンキー系のお姉さんがオレの相手です。船から海底までガイド用のロープが張られています。そのロープをそろそろとたぐり、耳抜きしながらちょっとずつ潜っていきます。この日は体調のせいか耳が抜けにくく、オレは自分の耳抜きで必死でしたが、うっしーが潜ってくる気配が感じられないのがちょっと心配でした。

 オレはヤンキー姉さんに手を引かれて海底まで到達して四つん這いになりました。ヤンキー姉さんはちょっと上の方を見てましたが、オレに「行くぞ」と合図しました。やはりうっしーは耳抜きできなかったようです。

 そんなわけでオレはひとりで海底散歩。四つん這いでヨチヨチ歩きです。このあたりの海底は砂で、そんなに深くない(10mもないらしい)ので陽の光も海底まで届きます。水も透き通ってきれいです。しばらくヨチヨチ歩きしたところで止まれの合図。上半身だけ起こしてじっとしていると、いろいろな魚が近寄ってきます。ヤンキー姉さんは用意していた餌(冷凍サンマ?)を取り出しました。魚が餌に群がります。ヤンキー姉さんは、オレにもサンマを1匹手渡してくれました。魚たちがワーッと目の前に群がってきます。たいていは小さな魚でしたが、ちょっと離れたところに大きい魚がいて、オレの持っていたサンマに向かって突進してきました。その魚はまだ半分ほど残っていたサンマをひとりで全部持っていきました。すごい勢いでちょっと怖かった。

 オレ達はさらにヨチヨチ歩きで進みます。目の前に小さなサンゴがあり、サンゴの陰にはクマノミがいました。ヤンキー姉さんは、筆談ボードに「ニモがいるよ」と書きました。「ファインディング・ニモ」を観てないので一瞬なんのことかわかりませんでしたが、「あー、ニモってクマノミだったのね。ハイハイ」と納得しました。


 さらに進むと、目の前にサンゴが壁のようにそびえていました。次はこのサンゴの壁沿いにじわじわ上昇するそうです。オレはヤンキー姉さんに手を引かれながらゆっくりと上昇していきました。サンゴが陽の光を浴びてとてもきれいです。

 船に戻るとうっしーが爽やかな笑顔で待ち構えていました。ダイビングは諦めて船の周りをスノーケリングしてたそうです。

 うっしーは残念でしたが、オレはダイビングを満喫しました。

(つづく)

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2004.09.27

【波照間旅行記23】Trust Me!

7/24(4日目) 午前11時

 いよいよダイビングの時間です。民宿に戻ったオレ達は、宿のおかみさんが揚げてくれた砂糖てんぷら(サーターアンダギー)をつまみながらダイビングショップの人が迎えに来るのを待ってました。ダイビングショップのお姉さんは、約束の11時からちょっと送れてやってきました。

 さて、体験ダイビングなのですが、実はひとつ大問題があるのです。それは…、うっしーは耳抜きができない!という衝撃の事実!なんと!その衝撃度は9.5Gくらい!な、なんだと!?連邦のモビルスーツは化け物か!

 ちなみに念のため説明しておくと、耳抜きとは、

電車に乗ってトンネルを抜けるとき、飛行機に乗ったときなど耳に違和感を感じることがあると思います。これは鼓膜を境にした中耳腔内の圧力と外耳側の圧力に差が生じ平衡がくずれることにより発生します。  ダイビングの場合これと同じことが起こります。潜降していくと外耳は外圧にさらされますが、中耳は陸上と同じ1気圧のままです。その差が潜降するにつれて増加して、鼓膜は内側に押されて痛みを伴います。このようなときに耳抜きをして、内圧と外圧を平衡化させます。

ということです。これができないと強烈な痛みがあなたの耳を襲います。ああっ。耳がっ。耳がぁっ!!

 うっしーは前回(17歳、華の女子高生!あのころ君は若かった)波照間に滞在した時にダイビングに挑戦したのですが、耳抜きができずに死ぬような苦しみを味わったらしい。なので新婚旅行でモルディブに行ったときも、去年沖縄本島に行ったときもダイビングはやらなかった(去年はオレひとりで体験ダイビングした)のです。

 しかし!ここで意を決して再挑戦!失われた栄光を取り戻せ!カムバック、あの夏の午後!リメンバーパールハーバー!

 そんなわけでうっしーは昨晩、耳抜きの特訓を繰り返しました。ああっもうダメ。わたしには才能が無いんだわ。何を言ってるんだ、夢を諦めちゃダメだ。脇を絞りこみ、内角をえぐりこむように抜くべし!抜くべし!抜くべし!

 そんな特訓の甲斐あってか、うっしーは「片耳だけ抜ける」状態になりました。

「ねえ、片方だけなら抜けるんだけど。片耳でもいいの?」

「あたり前じゃないか。両方の耳は鼻でつながってるんだから、片方抜けりゃそれで両方同じ圧力になるだろ」

「ワタナベ。…。貴方を信じていいの?」

「ああ、オレを信じろ!」

 そんなわけでダイビング当日です。インストラクターのお姉さんに講習を受けてます(ちなみにこの日の体験ダイビングはオレとうっしーの2人で貸し切り状態)。講習の途中でうっしーがふと質問しました。

「耳は片方抜ければ大丈夫ですか?」

 インストラクターのお姉さんは笑顔で答えました。

両方抜けないとダメです(キッパリ)

 うっしーの顔から血の気がさあっと引いていきました。

(つづく)

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2004.09.21

【波照間旅行記22】素晴らしきこの世界

7/24(4日目) 午前9時

 今日はオレとうっしーの2人は11時から体験ダイビングの予約をしました。11時だとちょっと時間が半端なので、オレ達は朝おじさんのトラックを借りて、おじさんが南の浜がいいというので、南の浜でひと泳ぎすることにしました。

 そんなわけでオレ達5人は南の浜に行ったのですが、ここは本当に誰もいませんでした。まさにビーチ貸し切り状態。実はあとでよくよく調べてみたらここは遊泳禁止だったのですが。

 まあこの時点では遊泳禁止だってことは誰も知らなかったので(おじさん推薦だし)オレ達は思いっきり遊泳すなわち遊んだり泳いだりというか遊びながら泳いだりというか遊ぶように泳いだりとかしたわけで。

 とはいってもオレは昨日西の浜でスノーケルを紛失してしまったので、うっしー父さんが何処からか拾ってきた救命浮輪でぷかぷか浮かんでるだけだったのですが。

 そんなオレを見かねたのか、うっしーがスノーケルを貸してくれました。素晴らしき妻の愛!この時ばかりはうっしーに後光が射して見えました。えーと「この時ばかりは」って言うとアレなので、普段から射している後光がより一層輝いて見えた、に訂正します。ああ、うっしーがまばゆいっ。まばゆさのあまり目がっ。目がぁぁぁぁ。

 そんなわけで海中を覗くことができましたが、南の浜にも小さいのやら大きいのやら地味なのやらカラフルなのやら魚がたくさんいたよ!朝からご苦労様、っていうくらい。

 さて、ひと泳ぎして疲れたからひと休み、と思ったらここで小問題!荷物を浜に置いておいたのに、その場所が分からなくなってしまいました。だって誰もいないし!海水浴場じゃないから目印もないし!しょうがないので、オレ達は誰もいない砂浜を荷物をさがしてテクテク歩きました。言うまでもなく砂浜なので歩きにくくて疲れます。やっとのことで荷物を見つけました。

 ここで素晴らしかったのはI川さんです。今度は荷物を見失わないようにと、身に付けていた日焼け防止グッズである黒装束を脱ぎ、拾った棒に立てて旗のようにしたのです。すごいよ!これで今度はバッチリだよ!道に迷わずに存分に泳げるよ!

 てなわけで、ひと休みした後、オレ達はもうひと泳ぎしました。

(つづく)

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2004.09.17

SOSが鳴ってる/麗蘭

SOSが鳴ってる
WXCR-1/2004.08.03

01. SOSが鳴ってる
02. CHABO Jumps again
03. Words
04. Simple Love Song
05. あこがれのSouthern Man
06. 悲惨な争い
07. 今I Love youを君に
08. 天の川サーフ
09. Get Back
10. R&R Tonight
11. Eden.(instrumental)

 さて、実に13年ぶりの麗蘭である。

 とは言っても実際には2000年のチャボのboxやチャボ名義の前作「TIME」には一部麗蘭の新録が収められていたし、(不覚にも)行ったことはないけど年末の磔磔などライブも定期的に行われていた。だから麗蘭の新曲がまったくなかった訳ではないのだけど。

 とにかく13年ぶりの麗蘭の2ndアルバムである。

 発売前には不安もあった。インターネットで試聴した曲から感じられる空気は明らかに前作のそれとは違っていたからだ。でも実際にCDを手に取って最初から最後までちゃんと聴いてみると、不安は興奮へと変わった。

 確かに前作と違う。だが、13年ぶりである。変わって当然だと思う。13年前、オレはまだ“ティーンエイジャー”だった。だけど、この13年の間に学校は卒業したし、ハッピーバースデーもずいぶん重ねた。その間チャボも色んなスタイルの活動をして、いくつもの作品を残してきた。個人的にチャボは「絵」の頃が一番乾いていた印象を受けるが、年を追うごとに色んなエキスを吸い取って汁気が増していった感じがする。そんな汁気たっぷりのチャボを、蘭丸がさらにアッパーなところまで持ち上げている。チャボが歌うメロディはより確かな分かりやすいものとなり、蘭丸のギターがそれに説得力を加えている。

 例えば「CHABO jumps again」のブッ飛び加減や、「Simple Love Song」のサビの分かりやすさがいい、「今 I Love youを君に」の繰り返し部分も耳について離れない。オレはこういう単純で分かりやすい音楽が大好きだ。難しいのはわかんないし。

 「Get Back」や「R&R Tonght」に込められたロックへのストレートな想いも分かりすぎるくらいよく伝わってくる。特に、「R&R Tonght」でのチャボのラフな歌が耳に突き刺さって離れない。同じ歌詞が繰り返されるんだけど、「ちょっといい気分」だったのが「すごくいい気分」になって、ついには「最高の気分」へできあがっちゃう、そんな単純なシカケに聴いてる方ものせられる。CD聴いてもいいんだけど、たぶん、ライブで聴いたら鳥肌立つくらい感動すると思う。全身の毛が逆立ってサリーちゃんのパパみたいになるかもしれない。

 そんなストレートなメッセージに感化されたのか、今は壁の飾りになり下がったエレキギターを手に取って、「Simple Love Song」でも耳コピしてみるか、とそんな気になった(特にチャボのバッキング)。まるであの頃にGet Backしたみたいに。

ロックな日々

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【波照間旅行記21】西の浜

7/23(3日目) 午後4時

 民宿でひと休みしたオレ達は、西の浜に泳ぎに行くことにしました。西の浜は海水浴場で、一般観光客や島の子供達はここで泳いでいます。

 1日目、2日目と観光客の行かないような浜ばかりに行って、3日目の夕方にしてようやく観光客の行くべき(笑)海岸に来ましたが、ここもいいよ!

 何がいいって、まず白い砂浜と青い海!昨日まで行った海岸は岩場も多くて「磯」って感じだったけど、ここは砂浜だよ!これぞ最南端の島だよ!

 そして何と言っても人が全然いないのがいい!ここは砂浜がずーっと遠くまで広がっているんだけど、この広い海岸に全部で20人ぐらいしかいないよ!スカスカだよ!

 オレ達はちょっと沖の方まで泳いでいきました。砂浜が途中からサンゴに変わって、この時間は潮も引いていたのでサンゴの間に魚を見ることができます。クマノミやら、名前は分からないけど小さいブルーのや、もうちょっと大きいのや色々います。

 オレ的にかなり満足。ここの浜で泳ぐだけでも南の島をかなり満喫できるのではないでしょうか。

 ところで、西の浜にはビキニの水着以外には何も装備していないお姉さんがたまにいました。個人的にはウレシイのですが、波照間の海を満喫するには準備をちゃんとすべきでしょう。スノーケルはもちろんのこと、重要なのは靴です。波照間はサンゴの島なので、裸足だと痛くて海の中を歩けません。オレ達はダイビング用の靴を用意していきました。

 それから、ビキニ一丁は目の保養になって大変結構でよろしいのですが、日焼けを防ぐために、泳ぐときはTシャツを着た方がいいです。日焼け止めなど沖縄の陽射しの前には無力です。たちうちできません。ボール1機でビグザムに立ち向かうようなものです。

 じゃ、西の浜を堪能したのでそろそろ民宿に帰ることにします。

…ってあれ?オレのスノーケルがない!ついさっきまで顔に着けてたのに、いったいどこへ!?

 海の中に落としたかな~と思って探しましたが、見つかりません。そばで泳いでた島の小学生も一緒になって探してくれましたが、見つかりません。

しかたなくオレはスノーケルを諦め、がっくり肩を落として民宿に戻りました。

 ご飯を食べて、もう早めに寝ることにします。

(つづく)

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2004.09.15

【波照間旅行記20】Hello, Goodbye

7/23(3日目) 午後2時半

 そうこうしているうちに、関西の2人組の帰りの船の時間が迫ってきました。民宿に荷物が置いてあるので、そろそろ戻らなければなりません。まだ陽も高いのでオレ達は浜にでも行ってひと泳ぎしたいところです。

 トラックに全員は乗れないので、オレ、うっしー、うっしー母さん、I川さんの4人が残り、後の人達がおじさんちを経由して民宿に向かうことにしました。関西の2人組とは、ここでお別れです。

 関西の2人組は、思いがけなかった貴重な体験にいたく感激していました。

「いやもう、ぶらっと散歩でもして帰るつもりだったんですけど、うっしー父さんに声をかけていただいたおかげで貴重な体験ができました。本当にありがとうございます。」

(まあ父さん本人は声かけた記憶が抜け落ちてますけど)←ワタナベ。心の声

「いえいえこちらこそ。焼き魚の時はどうしようかと思いましたが、お2人のおかげで助かりました」

(まったく父さんの棒は役に立ちませんでしたし)←ワタナベ。心の声

 ちょっと感動の別れです。オレ達は、トラックの荷台に乗った2人にずっと手を振り続けました。2人も、トラックが角を曲がるまでずっと手を振り続けました。

 ふう。なんだかちょっとしたイベントが終わってちょっと気が抜けた感じ。プチ・バーンアウト症候群って感じでしょうか。

 しばらく待ってると、うっしー父さんが戻って来ました。

「さて。おじさんが夕方まで車使ってていいって言ってくれたけどどうする?」

「うーん」

「…ちょっと疲れちゃったから民宿に戻って休もうか」

 オレ達は結局民宿に戻ることにしました。トラックに乗って民宿へ。しかし、この展開はもしかして…!?

「あれ~?どうしたんですか?」

 案の定オレ達が民宿に着いたとき、まだ関西の2人組は民宿にいました。

 さっき感動の別れをしたばかりなのに。もう再会です。

(つづく)

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2004.09.14

王様の耳はロバの耳

 オレは毎日高速バスで茨城県から東京まで通勤している。高速バスというからには、常磐道-首都高と、高速道路を走行する。首都高といえば、前から気になっていることがある。首都高を走っていると向島のあたりでアサヒビールのビルが見えるのだが、ご存知だろうか。アサヒビールのビルと言ってもピンと来ない人もいると思うが、こう言えば分かるのではないだろうか「うんこビル」。↓これである。

company_promotion_1.jpg

 ていうか、ネットで検索しても「うんこビル」ばっかり出てくるのである。「アサヒビール ビル 向島」とかで検索してもピンと来るものがヒットしないのである。それでいいのかアサヒビール。

 高速バスには外国人が乗ってることも多いが、あれは彼らにも、うんこに見えるようである。前に外人さん2人組がうんこビルを指さして爆笑しているのを見たことがある。うんこは万国共通なのである。うんこに国境はない。うんこは地球を救う。

 考えてみると、これはスゴイことである。古今東西老若男女を問わずうんこを想起させるオブジェ。ひょっとしたら火星人だってうんこを想起するかもしれない。こんなユニバーサルなうんこオブジェを創造した人間はタダ者ではないはずである。もしかしたら火星人かもしれない。

 オレは、このオブジェをデザインした人間(もしくは火星人)について調べてみた。なんと、このうんこオブジェをデザインしたのはフィリップ・スタルクというフランスの有名デザイナーだそうである。

 そいでもってこのオブジェ、モチーフはうんこではなく「炎」だそうである。えー、そりゃないよムッシュ・スタルク。あれが炎ってことはないでしょ、って思ったら、そもそもあれは本来縦に置くデザインだったそうである。だけど建築なんとか法の規制で縦置きできず、仕方なく横置きしたそうである。これにはスタルクも焦ったであろう。

助手「スタルク先生!大変です!」
スタルク(以下PS)「どうしたジャン」
助手「例の日本のビール会社のオブジェの件ですが…」
PS「あれなら完成済のはずだが」
助手「それが、日本の法律であのオブジェを縦に置くことは出来ないそうです」
PS「なんだって!そりゃ参ったな」
助手「日本の担当者は横向きに置くことは可能だと言ってますが…」
PS「やむをえん、横置きで行こう」
助手「しかし、実は横置きにも問題が…」
PS「どうした」
助手「うんこです」
PS「は!?」
助手「あのオブジェを横置きするとうんこにしか見えないんです」
PS「なんだって…!どれ、ああ本当だ。なんてこった」
助手「どうしましょう」
PS「…ちょっと待て。日本人も、これを見てうんこを想像するのかな?」
助手「と、言いますと」
PS「聞くところによると、日本の漫画ではうんこはソフトクリームのような形状をしているそうじゃないか」
助手「はあ」
PS「つまり、日本人にとって、うんこ=ソフトクリームという図式が出来上がっているとは考えられないだろうか」
助手「その可能性は十分ありますね」
PS「よし!それでいこう。よく見たらあのオブジェ、ビールの泡に見えなくもないしな」
助手「わかりました」

そんでビルの落成式典に招待されてアサヒビールのお偉いさん達と歓談したりして

社長「いや~ムッシュ・スタルク。さすがあなたのオブジェは素晴らしい。ビールの泡のようでもあり、炎のようでもあり(ていうか、うんこに見えるけど)」
通訳「ほにゃららへにゃららふにゃらら(…うんこ…!?)」
PS「おほめいただいて光栄です(うんこなのに…)」
社長「どうだい専務(うんこに見えるかい)」
専務「いやまさに(うんこの)芸術としか言いようがありませんな」
通訳「ほにゃららへにゃららふにゃらら(…だからうんこだって)」
PS「いやいや、はっはっは(うんこなのになあ…)」
社長(やっぱうんこだよな…)
専務(うんこ…)
通訳(うんこ…)
PS(うんこ…)
観客(うんこ…)

 こんなやりとりがあったかどうかは知らない。

雑文

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2004.09.13

【波照間旅行記19】数字の魔術師

7/23(3日目) 午後2時半

 三線ライブの他にも、宴会ではおじさんが色々な話をしてくれました。牛を飼い始めたころの話、サトウキビの話、モチキビの話…。中でも印象に残ったのは、戦後間もない頃に米軍の手伝いをしたときの話です。米軍が日本からアメリカまで爆弾なんかの物資を運ぶ時に、波照間を中継地として、物資を一時的に波照間に置いておいたらしいです。その時おじさんは、夜は見張りとして爆弾の上で寝たそうです。昼間は昼間で米軍の手伝いをして、「昼と夜と2人分も働いたよ」なんて自慢してました。

 そいで海で爆弾の処理をしたそうです。水中で爆弾を爆発させるから、魚が死んでいっぱい浮いてくるんだって。おじさんが米兵に「魚がいるから取れ」って言っても誰も取りに行かないから、おじさんがみんな取ってきて焼き魚と刺身にして米兵に「ふぃっしゅ、ふぃっしゅ」って言って振る舞ったそうです。

 まあ、そんな話を色々聞きました。

 ふと、関西のAさんが聞きました。

「ところで、もと海人のおじさんは、いま何歳なんですか?」

「ん?んん僕は70歳」

 ふーーん、そうか、と思っていたらおじさんはおばさんを指しながら付け加えました。

「こっちは73歳だ」

 するとうっしー母さん、

「あれ?おじさんとおばさん同級生じゃなかったの?」

とツッコミを入れます。おじさんは、ちょっと照れたように言いました。

「う、うん。数えで73歳ね」

 おい!奥さんは数え年で、自分は満年齢かい!

 おじさん、なかなかお茶目です。

(つづく)

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2004.09.12

【波照間旅行記18】三線ライブ

7/23(3日目) 午後2時

 宴会で飲み食いしたら、みんなおネムになったので、休憩所で寝転がってちょっと昼寝しました。特にオレは、関西の人が注いでくれた泡盛がストレートだったもんで、ヘベレケになって倒れました。

 1時間くらい休憩した後、おじさんが言い出したのか、誰かがおじさんにリクエストしたのか忘れましたが、おじさんが三線を弾くんで、三線持って来いと言いました。うっしー父さんがトラックでおじさんの家まで取りにきました。

 うっしー父さんが三線を持って帰って来ました。おじさんはケースからおもむろに三線を取り出すと、おもむろに調弦をし、おもむろに三線を弾き始めました。

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 ♪ちゃんかちゃんかとんかちゃんかちゃんかちゃんかとんかちゃんか

 お、ちょっとなんか聞いたことあるようなないようなコード進行のような気がします。ちょっと長めのイントロを弾いた後、おじさんはおもむろに歌い出しました。

 ♪もしもし亀よ亀さんよ 世界のうちでお前ほど ……

 おお、まず誰でも知ってる童謡で観客のハートを掴む作戦とは。おじさんもなかなかやりおるわい。てなわけで定番ソングで皆の注意を引きつけた後、さらに2曲ほど童謡を演奏します。さすがに、みんな一緒になって歌ってます。

 そのうち、「おじさん、島の民謡やってよ」というリクエストが。おじさんはそれに応え、「安里屋ゆんた」「デンサー節」「たかな節」なんかを演りました。「安里屋ゆんた」は聞き手が「さぁ~ユイユイ(ヨイヨイ?)」とか、「またはーりまほんにゃかかむしゃまよ~(正確に聞き取り不能でしたが、こんな感じ)」とか合いの手を入れるところがたくさんあって楽しい盛り上がりソングです。

 「たかな節」は、歌詞が5番とか6番とかそれくらいまであったように感じられました。「おじさん、今の歌はどういう歌?」と聞くと、「これは島の教えを歌っている教訓歌で、『こんな何にも無い島でも、夫婦2人で仲良くやってればそれで十分だ』という歌だ」というように解説してくれました。すると、今まで真ん中あたりで聴いていた関西のAさんが、こそこそと後ろの方に移動しました。うっしー母さんが「どうしたんですか?」と尋ねると、

「み、耳の痛い話です。もっと前にこの教訓歌を聞ければよかったんですが…」

 オレ達はオトナなのでそれ以上Aさんの事情について詮索はしませんでした。

(つづく)

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2004.09.10

悲しみをぶっとばせ!

 「波照間旅行記」はちょっとひと休み。

 オレは最近、新しいランチスポットを探索することに情熱を燃やしている。勤務地が日本橋になってから1年半以上、もういいかげん日本橋界隈に詳しくなってもいいはずなのに、同僚のF隊長に教えてもらった店に行くばかりで未だに右も左も分からないイナカモノである。

 そんな自分のマンネリさ加減に嫌気がさしたオレは、この閉塞した現状を打破するために旅に出ることにした。そうだ、壁をぶち破れ!イエー!いいかげん、打破!…って、そんなわけでオレは日々新たなランチスポットに想いをはせている。毎日、昼飯をどこで食べようかと悩み過ぎてメシも喉を通らない始末である。

 ランチスポットのネタを探していたとき、オレはこんなものを発見してしまった。そう、日本橋千疋屋でカレーが食べられるというのである。マンゴーカレーと言うのだそうである。580円だそうである。たた食べたい!食べたい!!食べたいッ!!!

 何を隠そう、お尻を隠そう、前世はキレンジャーだったと言われるオレである。体には真っ黄色に燃えた太陽のようなカレーの血が流れると言われるオレである。千疋屋のマンゴーカレーのことを想うだけで心臓がドキドキして息が苦しくなり、頭はクラクラ、よだれダラダラ、おしっこもチビりそうな勢いである。ああ、私もう貴方なしではいられないの。好きよ!好きよッ!!好きなのよーーーーーーーー!!!

 そんなわけでオレは今日、昼休みになるなりランチ友達のF隊長には目もくれずに外に飛び出した。目指すは千疋屋。突っ走れ!Drive on!

 早歩きで千疋屋に到達したオレは、勢い込んでドアを開けた。なんでもカレーコーナーは1階の奥にあるらしい。オレは鼻息で周りの人間を蹴ちらしながら店の奥へと突き進んだ。

「いらっしゃいませ。1名様でしょうか」

 ふとオレの目の前に蝶ネクタイをしたウエイターが現れた。先制攻撃を受けたオレは動揺した。

ワタナベ。 の こうげき!
「は、はい」
ミス!

ウエイター の こうげき!
「こちらへどうぞ」
ワタナベ。 に 50 のダメージ!
ワタナベ。 は どうようしている!

ウエイター の こうげき!
「ランチのご利用で宜しいですか」
「は、はい」
ワタナベ。 に 500のダメージ!
ワタナベ。 は みうごきできない!

ウエイター の こうげき!
「デザートはティラミスなんですが、プラス300円でマンゴーの×××(もはや聞き取り不能)にできますが、ティラミスで宜しいですか?」
「は、はい」
ワタナベ。 に 2000のダメージ!
ワタナベ。 は きぜつした!

 …正気に戻ったオレの目の前にはなぜか「若鶏の竜田揚げ」が置かれていた。周りを見渡すと、女性ばっかで、一人でメシ食ってる男なんてどこにもいなかった。しょうがないのでオレは竜田揚げとティラミスを平らげ、お会計1050円也を払って店を出た。店の入り口には、確かに竜田揚げランチセットのサンプルが置かれていた。メニューはこれだけらしい。

 おかしいオカシイおかしい!泣きながら会社に戻ったオレは、ハナミズをすすりながらもう一度そのホームページをよく読んでみた。そこにはこう書いてあった。「三越本店の向かいに在る店頭を…」

 ナヌ!?三越!?オレは会社を出て、三越とは反対方向に突っ走ったぞ?以前行った病院の1階が千疋屋だったから、てっきりそこのことだと思っていたが、違うじゃん!

 オレはさっきの店で受け取ったレシートをもう一度よく眺めた。そこには確かにこう書かれていた。

 「京橋千疋屋本店」

 ………。

Woh, oh なあ 母さん、聞こえてるかい?
生きていくことは、なんてブザマなんだろ
雑文

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2004.09.07

【波照間旅行記17】魔法を信じるかい?

7/23(3日目) 午前12時

 さて、宴会に先立って、うっしー父さんがこんなイタズラをしてました。

 前回述べたように、おじさん家のお嫁さんがおにぎりを握って持ってきてくれました(大量)。モチキビ入りのやや黄色みがかった、丸型のおにぎりです。海苔はついておらず、ご飯だけで、1個づつラップに包まれています。これがたくさんお皿に平たく並べられています。

 これを見たうっしー父さん、おじさんの孫娘2人(小2&幼稚園生)を前にこう言いました。

 「おじさんが、今から手品を見せてあげよう。」

 うっしー父さんはポケットに手を入れて、なにやら手の中に隠しました。そしておにぎりの皿を目の前に、こう言いました。

 「いいかい、このおにぎりが、あっという間に海苔つきのおにぎりに変わるよ」

 うっしー父さんはそう言っておにぎりの皿の上に手をかざすと、隠していた、朝、民宿でもらった海苔つきおにぎり(「ご自由にどうぞ」ってかごに置いてあったらしい)を皿の上に置きました。

 「ほら、どうだ」

 下の子(幼稚園児)は、これを見てちょっと楽しそうにしてましたが、上の子は、

 「お母さんのおにぎりはそんな形じゃなかったもん」

 と、キビシいツッコミで、まるで信じてませんでした。

 判定:
 うっしー父さんの魔法レベル=小学1年生レベル

(つづく)

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2004.09.05

【波照間旅行記16】焼き魚

7/23(3日目) 午前11時

 おじさんとうっしー父さんが戻ってきたので、いよいよ焼き魚の開始です。「焼き魚」というのはおじさんが使う言葉ですが、実際のところ「焼き魚」という言葉の語感から想像されるものとはだいぶ異なる料理(?なのか?これは?)が展開されました。

 まずは、拾ってきた薪を積み上げて、火をおこします。しかし、ここは原っぱなので、火が薪だけでなく、原っぱの草にも燃え広がりそうな勢いです。オレ達は、薪の焚き火の周囲の草に入念に水を撒き、火が燃え広がるのを防ぎます。
 
 この間おじさんは、うろこのある魚のうろこを取ったり、大きな魚は3枚におろしたりという下ごしらえをしています。刺身で食べられる魚もあるそうです。これが、きょうのオカズ↓
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 一方、焚き火部隊は、焚き火の上から鉄網をかぶせます。薪が一通り燃えて炭になったところで、鉄網の上に魚をのせます。こうして炭火で焼くっちゅーわけです。
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 しかし、鉄網以外の道具が何一つない!バーベキューのときに使うような金属の挟む道具もないので、魚をひっくり返そうにも、魚をつかむことができません。とりあえずそこらへんから木の棒を拾ってきて、それで魚をひっくり返そうと試みましたが、木の棒じゃうまく魚をつかめないので四苦八苦。下手にすると魚が鉄網から落ちて灰まみれになります。

 ここで救世主となったのが、関西2人組のひとり、Bさん。頭に巻いていたバンダナを外して右手に巻き、その右手で熱い鉄網の上の魚を手掴みでひっくり返しました。さらにBさんは、焼きあがった魚も次々と手掴みで鉄網から取り出しました。まさに鬼神のごとき活躍!Bさんがいなかったら全ての魚が灰まみれになるところでした。

 こうしてなんとか、焼き魚(カニ含む)の完成です。実は一番美味かったのは刺身ですが、これは軽くあぶった後でおじさんがさばいて、酢味噌と、来る途中にとった草(名前を聞いたけど忘れました。ニラっぽい感じの葉っぱ)とで和えます。これが最高に美味い!
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 おばさんとお嫁さんが持ってきてくれたおにぎりも一緒に食べます。このおにぎりには、おじさんが作ったモチキビが一緒に炊き込まれていて、モチモチした食感で美味しいです。

 おかずが揃ったところで、オリオンビールと泡盛で乾杯です。昨日の追い込み漁の話もまた肴にして、昼間から宴会です。

(つづく)

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2004.09.03

【波照間旅行記15】最南端の碑

7/23(3日目) 午前10時半

 天文台の辺りは「たかな」というところで(漢字で書くと、高那だったか高奈だったかどっちか忘れた)、島の南西部です。海がすぐそばなんだけど、ここは砂浜じゃなくて断崖絶壁の岩場です。しかも尋常じゃない高さです。さらにさらに、波も高く、大きな波音のうねりが聞こえます。おじさん曰く、「このへんは潮の流れも速いし、落ちたらまず助からん」。おおお怖ええよ。こんな感じ↓
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 でもおじさんは、「3ヶ所くらいは、下まで降りられる場所を知ってる」そうです。バリバリの海人だったころは、そこから下りてって魚を獲ったらしい。しかしオレ達はただの観光客なので、上から引けた腰で断崖絶壁の下の方を眺めるのが関の山です。岩の隙間から下が覗けるようになっているところがあったので、オレとうっしーとうっしー母さんとI川さんの4人は、そこから代わりばんこにおっかなびっくり下を覗きました。波が勢いよく岩にぶつかり、力強い音を立てています。岩陰から見える海が、日光が直接当たって透き通ったエメラルド色に見えるところと、日陰になって深い青色に見えるところに分かれていて、コントラストが見事でした。

 オレ達はそこで波音を堪能した後、日本最南端の碑に向かいました。まあベタな観光スポットだけど、一応抑えとかねばなりません。4人で代わる代わる記念撮影。
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 そーいや学生のとき、北海道旅行で「日本最北端の碑」に行ったときは、最北端の碑を越えてさらに奥(北側)の岩陰まで突き進んでいって「うおーオレは最北端を超えたぜ!」なんてはしゃいでた記憶があります。が、今はオレももういいオトナなんで、最南端の碑よりも南側まで突き進んでいって、「うおーオレは最南端を超えたぜ!」って大騒ぎするなんてことはしないで、心の中で密かにほくそ笑む程度に留めておきました。ふっふっふ。越えたぜ、最南端!

 そんなことをしていたら、そろそろ集合時間なので、休憩所に戻ることにします。

(つづく)

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2004.09.02

【波照間旅行記14】隠蔽工作

7/23(3日目) 午前10時

 オレ達は、おじさんの牛小屋で降ろしてもらいました。無事おじさんと合流です。

 おじさんは、天文台の横に休憩所(コンクリの上に屋根がつけてあって、横に水道がある簡単なもの)があるので、そのそばで焚火をして魚を焼こうと言います。オレは、民宿に「島内は焚火、キャンプファイアー禁止」とかでかでかとポスターが貼ってあったので、そんな人に見られそうなところで焚火していいものか、ちょっとドキドキしました。

 とにかく、オレ達はおじさんのトラックの荷台に乗り、天文台に向かいました。おじさんは、しばらく走った道端でトラックを停めました。ここで薪を拾うそうです。オレ達は荷台から降りて落ちている木の枝を集め、荷台に積み込みます。トラックは再び走り出し、天文台へと向かいます。

 そんなこんなで天文台に着きましたが、おじさんは駐車場に着いても車を停めず、道なんかないのに駐車場を突き抜けて原っぱを突き進んでいきます。あがががが。

 おじさんは休憩所のそばの茂みの影にトラックを停めました。

「ここなら天文台から見えないだろ」

 いえまあ、確かに天文台からは死角になってますが、原っぱなんでその他の3方向からは丸見えなんですけど。ていうか、直接見えなくても、焚火したら煙が出るんでバレバレなんですけど。

 なんだか、おじさんでも、一応焚火してるところを見られるとマズイと思ってか、隠蔽工作を図っているところが微笑ましいです。もう、おじさんたら、かわゆいんだから。

 さて、おばさんやお嫁さんや孫娘たちがまだ家にいるので、おじさんとうっしー父さんがトラックで迎えに行くことにしました。その間のこされたオレ達は、辺りをぶらぶら散策します。天文台は日本最南端の碑の近所なので、遊歩道らしきものが最南端の碑まで延びています。おじさん達は11時頃戻ってくるというので、それまではフリータイムです。

(つづく)

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2004.09.01

【波照間旅行記13】GetBack!

7/23(3日目) 午前8時

 3日目の朝になりました。今日は、昨日の漁でとった魚を焼いて食べることになってます。関西の2人組は、本当はこの日は朝の船で石垣島に渡ってダイビングをするスケジュールだったそうですが、「ダイビングはいつでもできる」と、そっちはキャンセルしたそうです。

 オレ達は朝食をややゆっくりととり、身支度を整えました。

 確か、おじさんの家に9時集合くらいのスケジュールだったと思います。しかし、おじさんの家に行くと、おじさんはまだ牛の世話から戻ってないとのこと。おばさんは、「牛小屋に行ったらいるよ」と言います。おじさんの牛小屋は、1日目にちょっと立ち寄っただけでしたが、うっしーが「場所わかる」と言うもんで、みんなでうっしーの後をついて行くことにしました。

 おじさんの家からちょっと歩くともう部落を抜け、サトウキビ畑が広がっています。オレ達は誰もいない道をテクテクぞろぞろ歩いていきます。サトウキビ畑を通る時には、なぜか「日曜日よりの使者」が脳内BGMとして流れ、テンションが上がっていきます。シャララーラ、シャラララーラ…。

 しばらく歩いたところで、うっしーは、「多分あの角を曲がったところだよ」とサトウキビ畑の角を指さしました。オレ達は勇んでその角を曲がりました。

 …が、目の前にはサトウキビ畑が広がるばかり。牛小屋なんて影も形もありません。道を聞こうにも、辺りには人っ子ひとりいません。かろうじて山羊ならいますが、山羊語に堪能な人は誰もいません。

 オレのテンションは一気にダウン。みんなの間にも重苦しい空気が漂います。オレ達の周りだけ低気圧です。中心付近の気圧は、895ヘクトパスカル。オレの脳内BGMも、いつの間にか「ドナドナ」に切り替わってました。ドナドナドーナドーナー…。

 この状況を打開するため、うっしー父さんが「あそこにトラックが止まってるから人がいるはずだ。その人に聞こう」と言いました。

 しかし、トラックのところに辿りついても、トラックの主は広い畑の遠くの方をトラクターで耕していました。これじゃ呼んでも叫んでも聞こえようがありません。

 再びダウナーな気分になりかけたそのとき、1台のトラックが通りかかりました。神様!仏様!稲尾様!ジーザス!ブッダ!ハレルヤ!ボナセーラ!ペペロンチーノ!オレは八百万の神々に感謝の意を表しました。

 トラックをよく見ると、運転していたのは、初日の夜、おじさんの家での宴会に来ていた島のおじさんでした。後で冷静に考えたのですが、多分、オレ達が道に迷ってるかもしれないと思って、おばさんがその人に声をかけてくれたのでしょう。しかし、うっしー父さんは、おそらく、その人が初日に宴会で会った人だということすら気付いてませんでしたが。多分、そうです。間違いありません。

 オレ達は、その人のトラックの荷台に乗せてもらました。風を切って、おじさんの牛小屋までぶっトバしていきます。イエー!オレの脳内には、あのおなじみの曲がふたたび大音量で流れ始めました。

 ♪このまま どこか遠く 連れてって くれないか

 いえまあ、牛小屋までで構わないんですが。

(つづく)

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