« 2004年9月 | トップページ | 2004年11月 »

2004.10.31

ソファ

 昨日の夜、ご飯を食べた後でテレビをつけるとスターウォーズをやっていた。まあ既に何度も観た映画ではあるのだが、こういうのは何度見ても楽しいものである。

「どうする?」

 オレはうっしー(ヨメ)に聞いた。

「ここで観る?それとも上(寝室)で観る?」

 我が家は、1階の居間と2階の寝室と2台のテレビがある。居間のテレビの方が大きいのだが、我が家にはソファが無いので(居間なのに)くつろぎ度がイマイチという問題がある。一方寝室のテレビは14型の小さいやつで音声もモノラルでショボいのだが、ベッドに寝っ転がりながらテレビを観れるのでくつろぎ度は満点である。あちらを立てればこちらが立たず。まるで社会の縮図を見るようである。

「…ん~」

 うっしーはちょっと考えてから言った。

「上にする」

 そうか、と上に行こうとしたとき、うっしーがさらに言った。

「あ~あ、ソファがあれば下でくつろぎながらテレビを観られるのになあ」

 いやいや、それはそうなんだけどね。

「ねえねえ、今度のボーナス出たらソファ買わない?」

 まあそうしたいのはヤマヤマなんだけどさ、今年は車検もあるしさ、いろいろあるじゃない。

「そうだ、ソファが来たらどうなるか試してみるから、ちょっと椅子になって

 え!?や、やだよ。

「いいから、早く」

 オレはしょうがないので4つん這いになった。腰のあたりにうっしーが座る。

「ちょっと高いよ。ソファはもっと低いの」

 オレは腕と足を縮めてみた。

「まだ高い。もちょっと低く」

 この体勢ではこれ以上低くできなかったので、俺は腹ばいになった。

「…低すぎる」

 おおお神様。貧乏とはかくも辛いものなのですね。

雑文

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.10.29

仲井戸"CHABO"麗市

 チャボこと仲井戸麗市。オレにとって唯一絶対のギターヒーローである。というか、もはや単に「ギタリスト」というカテゴリではくくることができない詩人であり、作曲家であり、実演家である。

 オレがチャボを知ったのはもちろんRCサクセションからである。オレがRCを知ったのはもう後期の頃だったため、チャボは基本的にRCサクセションというエレキバンド(表現古いな)において忌野清志郎という偉大なボーカリストのバックでギターを弾くギタリストであった。しかし91年初めにRCが活動休止してからは、時に土屋公平とのユニット“麗蘭”として、時に弾き語りのソロとして、時に“CHABO BAND”というバンドとして、自ら歌い、ギターを弾いてきた。このころ清志郎の活動が正直ちょっとどうかなと感じさせられるものだったこともあり、チャボはどんどんカッコよくなっていった。そしてオレはチャボの音楽にのめりこんでいった。

 このように今は自ら歌い弾き語るチャボだが、RCのギタリストだった頃からそこいらのバンドの単なるギタリストとはどこか違う空気を持っていた。何しろチャボはステージ向かって左手がホームポジションのギタリストである。83年クリスマス武道館のビデオではステージ右手に位置するが、ビデオになっている86、88、90年の野音ライブでも、オレが見に行った89年のライブでも、チャボの立ち位置はステージ左手だった。オレがビデオや写真で見た限り、ギター1人バンドの場合ギタリストの立ち位置はステージ右手であることがほとんどである。ピート・タウンゼントも蘭丸も土山啓一もポール・ギルバートもスティーブ・クロッパーもみんな立ち位置はステージ右手だった。でも、チャボの立ち位置はステージ左手だった。

 その昔バンドの真似事をしていたオレも、可能な限りステージ左手に立った。あるとき先輩に「お前らのバンド、ギターとベースの立ち位置逆だろ」って言われたけど、オレは「そんなことねえよ。これでいいんだよ」って心の中で思ってた(気が弱いので口には出せなかったが)。オレにとってはチャボがスタンダードだった。

 チャボはRCをやめてから自分で歌うようになりステージ真ん中に立つようになった。でも、オレにとってチャボがロックンロールのスタンダードであることに何ら変わりは無い。


 …例によって、アルバムのレビューとか力の限り書き足して行く予定。

■アルバム
THE仲井戸麗市BOOK

麗蘭 (麗蘭)
DADA
宴 (麗蘭)
Merry X'mas Baby (仲井戸麗市 with Heart of Soul Band)
GLAD ALL OVER (忌野清志郎 & 仲井戸麗市)
PRESENT #1
PRESENT #2
PRESENT #3
GREAT SPIRIT
PRESENT #4 (CHABO BAND)
SOUL to SOUL (CHABO BAND)
My R&R
works
TIME
SOSが鳴ってる (麗蘭)
(特に記載のないものは“仲井戸麗市”名義)

■ライブ
93年 HEART of SOUL BAND
96年 密室'96
97年 CHABO BAND
00年 CHABO BAND
2004.12.29 麗蘭 at 京都磔磔
2005.03.23 CHABO&UMEZU at 新宿PIT INN

■VIDEO/DVD
Welcome Home! (麗蘭)
HEART of SOUL
密室
SOUL TO SOUL (CHABO BAND)
solo woks
STAGE FRIGHT
轍 (麗蘭)
TIME 2001-2003
ロック馬鹿と知的ヒッピーを元気にするDVD (麗蘭)

ロックな日々

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2004.10.27

検索しよう

 自慢じゃないのだがオレは整理整頓が苦手である。あまりに苦手だもんで、会社の机は書類が産卵して秋には元気な稚魚が川を下っていきそうな勢いである。もとい、会社の机には書類が散乱している有り様である。

 当然自宅も例外でなく、片付けてもすぐに物が散乱してしまうのである。これはもはや人間の力ではどうにもできないそういった類の力が働いているとしか思えないわけである。これはつまり、熱力学的にいうと、エントロピーが増大するっちゅーことではないだろうか。あるいは量子力学的にいうと位置とエネルギーの不確定性原理っちゅーことではないだろうか。こりゃ無理だ。オレのようなしがないサラリーマンが自然の摂理にたちうちできるハズもないのである。これはもはや自然に身を任すしかあるまい。そうだぜ。オーイエー!このくだらないコンクリートジャングルから抜け出して大自然に身を委ねろ!イエー!

 そんなわけでオレは机の上の物なんかは大自然の力に任せている。そう、余計なことなどしないほうがいいのである。大自然の前に人間は無力だ。あの有名なレノンとマッカートニーも言ってるじゃないか。「すべて、なすがままに」と。そしてオレの机の上はなすがままにエントロピーが増大している。だから物を探すのはちょっと大変だ。書類の山を掘り起こさなければならない。

 そんなオレがつくづく便利なもんだと感心してしょうがないものがパーソナルコンピュータすなわちパソコンである。何しろハードディスクの中身とかレットイットビーかつアナーキーな状態にしておいても、ピピッと検索かければ目的のファイルを見つけられてしまうわけである。素晴らしい。素晴らしすぎる。

 こんな便利な検索機能、今じゃ検索範囲はインターネット全体に広がっている。夏休みの終わりには小学生が夏休みの間の天気を検索したり自由研究のネタを検索したりするそうである。便利な世の中になったもんだ。

 で、検索といえばこないだビックリしたことがある。Googleで「うんこビル」と検索するとなんとアサヒビールの公式サイトがヒットしたのである。しかも会社情報のページである。オレは一瞬アサヒビールの人が検索エンジンのヒット率を上げるためにソースに「うんこビル」ってテキストを埋め込んでんのかと思ってしまった。そいでアサヒビールのウェブサイト担当社員がパソコンに向かって夜な夜な「うんこビル」とかブラインドタッチで入力してる画を想像してしまったわけだが、どうやらそうではないらしい。

 どういうアルゴリズムなのか知らないが、検索エンジンはインターネット上にあるデータから、アサヒビールの公式サイトがうんこビルと関連があると弾きだしたわけである。しかもかなり上位でヒットしたので、かなり強いつながりがあると検索エンジンは考えてるわけである。

 むー。これはもはやうんこビルという概念とアサヒビールの公式サイトは、「うんこビル」という文字列ではない何か見えない力で結ばれているとしか思えないのだ。人間の英知を遥かに超越した神懸り的な力で。

 で、とりあえずオレはその見えない力を「うんこパワー」と呼ぶことにしようと思う。うんこパワー恐るべし。

雑文

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.10.23

いくじなし

 今日はうっしーとともに愛猫くーちゃん(ロシアンブルー、♀)を連れて市内の公園に散歩に出かけた。体育館とか野球場とか沼とかがあるデカい公園だ。しかしくーちゃんは室内飼いの箱入り娘なので、表に出たことはほとんどない。以前ちらっと外に連れてったことがあったが外の景色にビビってずっとうっしーにしがみついたままだった。お前ももうオトナなんだから世間の厳しさを知れッ!と言い聞かせながらくーちゃんに胴輪を装着しキャリーバッグにつめる。不安を感じたのか、バッグに入れようとすると抵抗するくーちゃん。しかしなんとかバッグに入れる。世の中はそんなに甘くないのだよ。

 車に乗って公園へ。途中パン屋で昼ご飯のパンを買って公園の奈かに入る。沼のそばの芝生の上に腰を下ろし、パンの袋を開けてオレとうっしーは昼ご飯。くーちゃんのバッグの口を開けてやる。おそるおそる顔だけ出してあたりの様子をうかがうくーちゃん。

おっかなびっくり

 せっかく連れてきてやったのに顔だけ出してはまたバッグに引っ込むということを繰り返しているので、くーちゃんをバッグからひざの上に引きずり出す。
 
なんだなんだ

 昼ご飯が終了したので、くーちゃんを木の上に乗せてみる。おっかなびっくりでどうしていいかわからない感じ。

木の上

 ママ(うっしー)が肩を出してやると、ママの肩の上に飛び移り、ママにしがみついて離れない。家にいるときは呼ばれても知らんぷりしてるくせにこんなときだけ現金なやつだ。

ママー

 ちなみに沼にはアヒルとかカモとかいろいろいたんだけど、それらの鳥がバタバタと羽音を立てるたびにくーちゃんはビビってキャリーバッグの中に隠れようとしていた。連れてくるときはあんなに入るの嫌がったのに。

 うーむ。箱入り娘に世間の厳しさを教えるのはなかなか難しい。

我が愛猫との日々

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.10.22

ずいきの涙/BO GUMBOS

ずいきの涙~ベスト・オブ・ボ・ガンボス・ライブ・レコーディング
ESCB1594/1995.05.21

01. ダイナマイトに火をつけろ
02. 泥んこ道を2人
03. トンネル抜けて
04. 魚ごっこ
05. 夢の中
06. ポケットの中
07. 夜のドライブ
08. 絶体絶命
09. 憧れの地へ
10. もしもし!OK!!
11. 助けて!フラワーマン
12. 見返り不美人

 BO GUMBOSのライブテイクを集めたベスト盤。おそらくBO GUMBOSの解散直前くらいにリリースされたものである。BO GUMBOSといえばなんといっても1stアルバム「BO&GUMBO」なのであるが、はるか昔友達に貸したまま返ってこなくて、いま手元にこれしかないもんでこれのレビューを書いてるわけ。ていうかオリジナルアルバムも1stしか聴いたことないんだけど。

 で、1stしか聴いたことないのにこんなこと言うのもアレですが、BO GUMBOSって結局 1stアルバムを超える作品を作れなかったバンドという印象がある。まあそれだけ1stが素晴らしかったとも言えるんだけど。実際このベスト盤も半分以上1stアルバムの曲なわけで、たぶん真面目なファンの評価も同じようなもんじゃないかと思うのだがどうだろう。

 さて、このアルバムはいきなりオレの一番好きな「ダイナマイトに火をつけろ」から始まる。社会にツバ吐く歌である。社会に向かって「クソくらえ!」っていうのは非常にありがちで分かりやすいロックのテーマなんだけど、もうこういう分かりやすいの大好きなんで。

 で、昔さんざんスタジオ盤を聴いたはずなのに、「ダイナマイト~」の出だしを聴いて「あれっKYONってこんないいギタリストだったっけ」って今さら思った。KYONといえば「魚ごっこ」や「見返り不美人」のピアノの印象が強く、実際他のミュージシャンの作品で客演するときもキーボーディストとしての参加がほとんどだ。でもこのアルバムの「ダイナマイト~」のギターはちょ~カッコいい。たぶんスタジオ盤より全然いい。なにしろカッティングが心地よすぎる。この曲だけでなく「泥んこ道~」や「フラワーマン」の16ビートのカッティングもいい。こんなカッコいいギタリストだったんだ、KYON。

 もちろんKYONがピアノを弾いてる曲もいい。「夢の中」はどんとの泣きのギターとKYONのピアノにどんとの歌が切なく響く名演だ。「欲しい物はいつでも遠い夢の中」ってフレーズが胸にズンとくる。どんとの声が説得力満点。

 これ以外のどの曲もライブの勢いがストレートに感じられる。圧倒的な演奏力とともにライブバンドであることが証明される。くっそ~1回くらいライブ見ておくんだった。

 あ~こんないいバンドだったんだ、BO GUMBOS。もっと真面目にファンやればよかった(オレこんなんばっか)と後悔の念を起こさせる1枚。

ロックな日々

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2004.10.21

似て非なるもの

 今年は台風の当たり年で数多くの台風が上陸した。沖縄・九州地方の人たちは大変だったと思うが、関東地方でも大いなる警戒を持って迎えられた台風がある。先日上陸した台風22号である。

 なにしろここ10何年かで最強に強まった台風であるらしく、テレビでは訳知り顔のキャスターが「絶対外には出ないで下さい」って連呼してた。なんでもこの台風は風速が強いのが特徴だそうでベランダに置いた植木鉢なんか簡単に吹っ飛んでしまうという。

「今のうちに室内に片付けた方がいいですね」

 テレビのキャスターにそう言われてさすがに焦った。今は枯れてしまったが、夏頃ベランダで四角い植木鉢で野菜をいくつか育てていたのである。植木鉢が風で飛ばされて窓ガラスが割れでもしたら大変な被害である。オレはベランダにあった植木鉢を室内に入れた。

 これに喜んだのが我が愛猫くーちゃん(ロシアンブルー、♀)である。

 植木鉢の周りをくんくんと匂いをかぎながら歩き回り、オレやうっしーの姿を見かけると、さっと植木鉢の影に身を隠してこちらの様子をうかがっている。たぶんそうやってかくれんぼでもしてるつもりなんだろう。

 幸い台風22号はうちの方には接近しなかったので、オレ達は無事台風をやり過ごすことができた。

 しかしなんか面倒くさかったので台風22号が去った後も植木鉢を居間に放置しておいた。くーちゃんは相変わらず植木鉢の陰でかくれんぼしたり枯れた草をかじったりして遊んでいた。

 で、昨晩のことである。居間でご飯を食べながらニュースを見ていると今度は超大型の台風23号が接近しているという。

「なんだかまた台風来るっていうから、植木鉢このままでもちょうどいいじゃん」

夫婦間でそんな会話が交されていたとき、突如うっしーが声をあげた。

「あーーーーーーっ!」

「ど、どーした」

「くーちゃんが植木鉢でオシッコしてる!!」

 なんと、くーちゃんが植木鉢の土の上にオシッコをしてしまった。おいおい。そりゃ確かに四角い箱に砂が入ってるけど、これはお前のトイレじゃないんだよ。

 くーちゃんはオシッコの跡を砂で隠そうと植木鉢と悪戦苦闘している。しかしくーちゃんのトイレと違って植木鉢は細長くて背が高いので、くーちゃんが前足をかけたら植木鉢が倒れてしまった。

 おおお、まずい。

 これ以上放置しておくと植木鉢でウンチしかねない勢いである。オレは慌てて植木鉢をベランダに戻した。

 しかし、くーちゃんは何ら反省のそぶりを見せることなく広くなった居間を駆け回っている。まったく人騒がせなやつである。

我が愛猫との日々

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.10.19

TRAIN TRAIN

世間が夏休みに浮かれている頃に書いた文章です。一部の人にウケたので図にのって公開します。

いま夏休みで高速道路が混んでいるため、
ここ2週間くらい朝は電車(常磐線)で通勤しています。

夏休みなので、いろんな人が電車に乗っています。
今朝は、中学生(or高校1年生?)のガキ3人と、
その引率者っぽい人が隣に座ってました。

『毎度ご乗車ありがとうございます。次は~あびこ~あびこ~』
「へ~、これ『あびこ』って読むんだ」
「ばかっ。声が大きい」
「すいませんね、とうかいに住んでるもので」(ワタナベ注:東海村のことと思われる)
「あたし、勝田より先まで電車乗ったの初めて~」
「えっ、ほんとかよ」
「おいおいあんまり騒ぐな。いいか、日暮里で降りるぞ」

  ……(いくつかの駅に停車)……

『毎度ご乗車ありがとうございます。次は~みなみせんじゅ~みなみせんじゅ~』
  …………
「あれ?次の駅どこだ?」
「さっきの駅『あびこ』って言ってなかった?」
「ばか、それだいぶ前だぞ」
「(時刻表めくる)え~と、さっきの駅は松戸かな?」
「松戸は2コ前に停まったよ」
「じゃあ柏だ」
「(時刻表めくる)え~と、柏は松戸の手前だよ」
「まさか日暮里過ぎたんじゃないだろうな」
「取手じゃない?」
「取手なんかずぅーっと前に停まったじゃないか」
「あ、そうそう、我孫子だよ我孫子。さっきの駅は我孫子だよ」

こんな会話を聞いてとってもイライラしたオレはカルシウム不足でしょうか。

ちなみに常磐線の停車駅は
取手→天王台→我孫子→柏→松戸→北千住→南千住→三河島→日暮里→上野

正解は、「北千住」でした。

雑文

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.10.17

COVERS/RCサクセション

COVERS
H32K20125/1988.08.15

01. 明日無き世界
02. 風に吹かれて
03. バラバラ
04. シークレット・エージェント・マン
05. ラヴ・ミー・テンダー
06. 黒くぬれ!
07. サマータイム・ブルース
08. マネー
09. サン・トワ・マ・ミー
10. 悪い星の下に
11. イマジン

 それは昼休みの校内放送だった。1988年、オレは高校1年だった。それまであまり熱心に音楽を聴いたことオレにとって、音楽とはチェッカーズや中森明菜、すなわちテレビの音楽番組に出てくるアイドルが全てだった。マイケル・ジャクソンのLPをカセットに入れてウォークマンで聴いていた同級生のT君が大人びて見えた、そんな頃だった。

 たぶん9月のある日、昼休みの校内放送で当時発禁騒動で話題になっていたRCサクセションの「COVERS」が流れたのだ。

 びっくりした。こんな音楽があったのかと思った。テレビで見る歌手のそれとは明らかに異質の歌声、しかしそこからあふれ出るパワーはものすごく、「世界が破滅するなんて嘘だろ」「牛乳が飲みてえ」等、メロディと不思議な一体感を持つ歌詞がビシビシと16歳の少年の心に突き刺さっていった。それは、今まで聴いたどんな音楽とも違っていた。まあ、「COVERS」の楽曲はみなスタンダードなロックナンバーの「替え歌」だったのだが、それを知るのはもうちょっと後だった。

 オレは早速貸しレコード屋に飛んでいった。当時まだCDは普及し始めたばかりで、「レンタルCDショップ」ではなく「貸しレコード屋」だった。とはいっても、ウチにはステレオが無かったので、カセットテープ版の「COVERS」を借りた。小6か中1の時に買ってもらったラジカセでテープをダビングして、毎日毎日それこそテープが擦り切れるほど聴いた。

 「明日無き世界」の「世界が破滅するなんて嘘だろ」っていうフレーズは何度聴いてもハラハラするような緊張感があった。素直で良い子のオレは、この曲を聴くと政治家がみんな悪い奴に思えてきた。「黒くぬれ!」や「悪い星の下に」のドヨドヨした感じも好きになった。「マネー」はBeatlesが歌ってるやつを聴いたことがあったが、RCの方がだんぜんカッコいいと思った。ドロドロした感じの「悪い星の下に」の後、最後に「イマジン」を聴くと、それまでのモヤモヤした感覚が空に突き抜けていくような気がした。

 たぶん当時はそんなことを考えたと思う。これを機にオレは以前より多少めじめに「ロック」音楽を聴くようになった。

 「COVERS」はそんな個人的な転機のキッカケになったアルバムなんだけど、たぶんRCサクセションというバンドにとっても大きな転機となる1枚だった(ハズ)。ニュースにも取り上げられ社会的騒動となった「COVERS」の発売禁止騒動で清志郎についていけなくなった梅津和時が翌89年からツアーに参加しなくなり、90年にはG2と新井田耕造も脱退して結局バンドは解散状態になってしまう。ファンには複雑な思いがつまった1枚。

 おそらく多くのコアなRCファンは今やもう「COVERS」なんて聴いてないと思う。でも、オレは今でも時々聴いてる。で、いま聞いてもあんまり古さを感じないんだよね、これ。よく「音が悪い」と言われるRCのレコードの中では、「Baby a Go Go」の次に音がいいと思う。桑竹伊祐(=桑田圭祐)、山口富士夫、ジョニー・サンダース、三宅伸治、泉谷しげる、坂本冬実、高井麻巳子等、多くのゲストミュージシャンも参加していて、かなり一生懸命つくった感じがうかがえる。話題性もあって、RCのレコードでは唯一オリコン1位を記録した。オレの記憶が確かなら、88年のベスト・ロックアルバムに挙げた音楽雑誌もあった。

 と、いうように、この1枚のロック・アルバムをめぐっていろんな騒ぎが起こって、そしてそんな騒ぎのことはみんなすぐに忘れ去っていった。それから16年。オレの年齢は2倍になった。だけど、相変わらず世界中はバラバラ、あちこちで大砲の弾が破裂している。原子力発電所では金属疲労で事故が起っている。国境のない世界なんて夢のまた夢。「COVERS」で歌われたメッセージは16年経った今も痛切に響く。時事ネタのようだったけど、普遍的なテーマ。

 とにかく、オレの人生で忘れられない1枚なことは間違いない。

ロックな日々

| | コメント (9) | トラックバック (3)

2004.10.16

テツとの遭遇

 くーちゃんを購入したペットショップJは、うっしーの実家の隣の市にあった。なのでオレ達はくーちゃんを家に連れ帰る前にまずうっしーの実家に寄ったのだった。

 さて、うっしーの実家には、「テツ」という犬(雑種、♂、2001年生)がいる。テツはなぜだかオレとうっしーが大好きで、最近特にオレのことがお気に入りの様子である。オレは実家に行く度にテツにベロチューを迫られ顔中ベタベタになる始末である。まあそんなふうにオレになついてるわけで、テツは基本的にカワユイやつなのだ。が、甘やかされて育ったせいか、自分以外の生き物がママ(うっしー母さん)やパパ(うっしー父さん)にかわいがられると、嫉妬の炎が燃え上がり大騒ぎして大変なのだ。

030530_231901.jpg

 くーちゃんはそんなテツのテリトリーに侵入しようとしているわけ。

 実家に着くとオレ達はまずテツを部屋の外に締め出した(テツは体重20kgくらいで結構デカいのだが室内飼いされている)。そして、くーちゃんを運んできたバッグの口を開けた。袋の口から頭を出して恐る恐る辺りを見回すくーちゃん。生後3月弱の子猫が初めて外の世界を見た瞬間である。

 くーちゃんは恐る恐る足を袋から出し、リビングに降り立った。袋の近所をくんくん嗅いでいる。よたよたとおぼつかない足取りで歩く。その姿はとても可愛らしく、たちまちみんなのアイドルと化した。

 「じゃあ、くーちゃんとテツを対面させてみよう」とうっしーが言うので、テツを部屋に招き入れる。テツは、最初は「それ」が何であるかわからなかったみたいだが、だんだん「それ」が生き物であることを理解したらしい。シッポを振りながらくーちゃんに近寄っていく。

 しかし、くーちゃんはまだ体重1kg弱で今日初めて外界に出たばかりの子猫である。ペットショップJでは子犬や子猫を広い遊び場のようなところで遊ばせているので、くーちゃんは犬を見たことはあるし、ひょっとしたら一緒に遊んだこともあるかもしれない。だが自分の20倍もの体重をもつ犬を見るのは初めてであろう。

 くーちゃんはビビってテレビの後ろに隠れてしまった。くーちゃんを追いかけ、テレビと壁の間の狭い隙間から手をガリガリとやるテツ。しかしくーちゃんには届かない。思い通りにいかないからか、テツはだんだん興奮してきた。たぶんくーちゃんはテレビの裏の暗がりで恐怖に打ち震えていたことだろう。オレ達はテツを引き離し、くーちゃんを救出。

 テツの興奮度合いが尋常でなくなってきたので、うっしーがくーちゃんを抱き、うっしー父さんとオレがテツを羽交い締めにして押さえつけてくーちゃんとテツを対面させてみた。テツはますます興奮し、一生懸命もがいて羽交い締めから抜け出そうとする。それを必死で抑えつけるオレ。テツの息はどんどん荒くなる…。と、オレはテツの異変に気づいた。

「大変、テツのベロが紫色になってる!!!」

 なんと、テツは興奮しすぎて酸欠になりチアノーゼを起こしたらしい。とりあえずその場は収めたものの、初の対面は不調。この2匹が仲良くする日はやってくるのか…。

我が愛猫との日々

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.10.15

RCサクセション

 このオレが史上最強に愛してやまないバンド、RCサクセション。とりあえず、オレの独断と偏見と思い入れをここに記すことにする。てゆうかオレがRCを知ったのはもはや後期だったのであまりエラそうなことは言えないのだが、とりあえずRCの話がしたいのです。ただそれだけ。

 RCサクセション。言わずと知れた日本最強のロックバンドである。てゆうかもはや今となってはちゃんと言わないとわからないかも。だからもう一度言うけど、間違いなく日本最強のロックバンド。RC抜きに日本のロックを語ることはできない(ハズ)。
 オレがRCを知ったのは88年、「COVERS」の発売中止騒動の時。このとき16歳のいたいけな高校1年生だったオレは徐々に彼らの音楽にのめりこんでいく。しかしRCは90年クリスマスの武道館ライブを最後に無期限活動休止宣言。オレの高校生活と時を同じくしてその活動に幕を下ろした。

 地方の大学に行きアパート暮らしを始めたオレの部屋にはRCのCDが並べられ、清志郎やチャボのソロ作品がそこに足されていった。オレはチャボが後期RCのステージでよく使っていたのと同じ色の、黒白のストラトを手に入れバンドの真似事を始めた。このころ彼らがやっていた音楽、つまり2・3'sや麗蘭のコピーをいっぱいやった。
 
 2000年、オレが就職してようやく社会人になったころ、清志郎とチャボはデビュー30周年を迎えていた。永遠のロックンローラー、清志郎とチャボ。オレが彼らを知る前から、もうずっと何十年も転がりつづけてきた。きっとこれからも。

 以下、disk reviewとか個人的な思い入れとかボチボチ書き足していきたい。力の続く限り。

■全盛期のメンバー
 忌野清志郎 Vocal
 仲井戸麗市 Guitar
 小林和生 Bass
 新井田耕造 Drums
 Gee2wo Keyboard
 梅津和時 Alto Sax
 片山広明 Tenor Sax

■アルバム
 初期のRCサクセション
 楽しい夕に
 シングル・マン
 RHAPSODY
 PLEASE
 EPLP
 BLUE
 ハード・フォーク・サクセション
 BEAT POPS
 THE DAY OF R&B
 OK
 THE KING OF LIVE
 FEEL SO BAD
 最強
 HEART ACE
 the TEARS OF a CLOWN
 MARVY
 COVERS
 コブラの悩み
 Baby a Go Go

 (この他、非公認のやつとかベスト盤とかいろいろあり)
 RHAPSODY NAKED


■遠い記憶のライブ
 89年の汐留PIT
 89年の日比谷野音
 90年の横浜アリーナ
 90年の日比谷野音

■VIDEO & DVD & TV
 RC SUCCESSION at BUDOKAN
 ロックン・ロール・ショー '80&'83
 the TEARS OF a CLOWN
 ロックスペシャル'88
 コブラの悩み
 ミラクル
 RCサクセション 70's
 RCサクセション early 80's
 RCサクセション

ロックな日々

| | コメント (5) | トラックバック (4)

2004.10.13

くーちゃんと出会った日

 2003年のある日うっしー(ヨメ)が、「犬を飼いたい」と言い出した。しかしオレ達はいわゆるひとつの集合住宅に住んでるわけであるからして、ん~どうでしょう、とオレも首を縦には振れなかった。

 まあ一応決まりではペットは飼っちゃいけないことになってるし、犬は吠えるし、散歩に連れて行かなきゃならないし。絶対バレバレだって。

 するとうっしーは猫はどうかという。ん~まあ確かに猫なら散歩しなくていいし、大きな声で吠えたりもしないしな…。

 とりあえずオレはネットで猫のことを調べてみた。ソマリ、ロシアンブルーなんかは人なつこくてほとんど鳴かないらしい。あと、オスは発情するとあちこちにオシッコをばらまくのでメスの方がいいらしい。

 次の週末にオレ達はペットショップを何件か回ってみた。オレはJというペットショップで見たロシアンブルーのメスがちょっと気に入った。

 家に帰ってうっしーにそう言うと、うっしーはロシアンブルーがおとなしいって知らなかったので、その猫にはあまり注目してなかったらしい。もう一度ネットで調べてみると、ロシアンブルーは「Voiceless Cat」とも呼ばれるくらいおとなしく、しかも飼い主になつくという。

 こりゃいい。オレはあの子猫にしようって言ったけど、うっしーはその子猫のことをよく覚えてないという。

 翌週末、オレ達はもう一度ペットショップJに行った。幸い、あの子猫はまだ売れてなかった。しかも先週より2万円値下げされていた。ああ、値下げされちゃってなんてかわいそうなニャンコ。

 うっしーは店員さんにその子猫を見せてくれと頼んだ。店員さんはショーウィンドウの中で遊んでいるその子猫を取り出してうっしーに手渡した。下手したらつぶれちゃいそうなくらい小さなその子猫は、うっしーの腕の中、「ミャー」と蚊の鳴くような声で一生懸命鳴いていた。「私を連れて帰って!」と言ってたのかもしれないし、あるいは「奥さん、お買い得でっせ」と言ってたのかもしれない。とにかくオレ達はその子猫に心奪われた。

 こうしてその子猫はウチに来ることになった。2003年5月4日のことだ。

 うっしーはその子猫に「くーちゃん」という名前をつけた。

我が愛猫との日々

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.10.12

【波照間旅行記番外編】沖縄本島観光

7/26日(6日目)

 昨日は波照間を出発して石垣島でお土産を買い、那覇で一泊しました。今日は沖縄本島を観光します。行き先はちゅら海水族館、今帰仁城址、壷屋焼き物通りです。

 まず、ちゅら海水族館のある公園で、「イルカとふれあい体験」っていうイベントをやってたんで、うっしーと2人で参加しました。イルカについて勉強したあと、イルカと触れ合います。「触れ合い」と言っても人間が一方的にイルカに触れるone way touchだったんですが、うっしーはいたく感激しておりました。写真は、イルカと戯れるオレ(にわか雨が降ってました)。

07261.jpg

 ちゅら海水族館本体は、超巨大な水槽があって見ごたえがありました。目の前をたくさんの魚が泳いでいくのは壮観です。ちなみに、追い込み漁で捕らえて食した魚も水族館にいました。

040726_111102.jpg

 水族館の後は、今帰仁城址に行きました。ここはたぶん、あまり有名なスポットではないですが、水族館からそこそこ近くて、昔うっしー父さんが訪れてよかったと言ってたので来てみました。本当にお城の跡しかないんですが、静かで落ち着いてていいとこでした。

040726_134801.jpg

 入場券売り場のおばあさんが飼っている猫が3匹くらいいました。人なつっこくて、頭をなでたりしても逃げないのでかわいいです。うちのニャンコにも見習わせたい。

040726_141501.jpg

 夕方、那覇に戻って焼き物通りを探検。うっしー&うっしー母さんは焼き物好きなので、血眼になって焼き物を物色します。オレもマグカップを1個購入。

 と、いうことで那覇空港から羽田へ。充実した夏休みのツアーも遂に終了です。今年の夏休みはかなり充実してました。VIVA波照間島。

(おしまい)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.10.11

【波照間旅行記完結編】サヨナラはしない

7/25(5日目) 午前9時半

 サイクリングを終えたオレとうっしーは、父さん達と合流して、おじさん家へ向かいました。おじさん家に着くと、おじさんは今から牛の世話をしに行くということなので、ついて行くことにしました。牧場には初日にも行きましたが、そのときは子牛の世話をちょこっとやって帰っただけでした。朝はオトナの牛の世話もするそうです。

 おじさんの牛小屋でトラックに水タンクや干草を積んだ後、牧場に向かいます。晴れた空の下、干草を積んだトラックの荷台ってのはちょっと絵になります(左から、うっしー母さん、オレ、I川さん)。

07255.jpg

 おじさんが、干草を下に下ろせというので荷台からドカっと干草を下ろしました。それを見た牛がたくさん寄ってきてなかなか壮観でした。ちなみにうっしー父さんは、遠くで手を振って喜んだりしています。

07256.jpg

 牛の世話が終わると、おじさん家に戻って、おじさん、おばさん、お嫁さん、孫娘、オレ達と皆で記念撮影をしました。昨日ここで開かれた宴会は楽しかったな。ちなみに、↓この写真は逆光ですが。

07257.jpg

 オレ達はみんなして港へ向かいました。船は12時半出航です。船を待つ間、おじさんがお昼をご馳走してくれるそうです。みんなで八重山そばを食べました。オレは、うっしーとおじさんと一緒のテーブルでそばをすすりました。ここで、例の追い込み漁は、本当はもっと沖の方の足が立たないところでやるもんだという衝撃の事実を聞かされました。網担いで沖まで泳いでいって、泳いで追い込みして、網にかかった魚は潜って捕まえるそうです。「大変な仕事だよ」とおじさんは言います。てゆうか、不可能すぎ。海人おそるべし。

 そばを食べ終わり、船も入ってきました。寂しいけど、もう行かなければなりません。荷物はおじさんのトラックに積んであります。おじさんは、トラックを港の入り口付近まで移動してくれました。オレ達は荷物を下ろしましたが、おじさんはトラックの運転席に閉じこもったままです。オレ達はおじさんに何度もお礼を言いました。おじさんは今にも泣き出しそうな、とても寂しそうな顔をしています。

 オレ達は荷物を持って船に向かいました、おばさん、お嫁さん、孫娘達は船のそばまで来てくれますが、おじさんはトラックの運転席に座ったままです。オレはうっしーにそっと聞きました。

「おじさんはこっちまで来ないんだね」
「うん、いっつもそうなの。お別れが辛くて寂しくなっちゃうから来ないんだって」

 オレとうっしーは船に荷物を置いた後、もう一度おじさんのトラックまで戻りました。おじさんは既に目を真っ赤にして鼻をすすっています。

「おじさん、ありがとう。とっても楽しかった。また来るよ」

 オレはそう言っておじさんと握手をしました。おじさんはそのごつい手でオレの手を握り返し、

「子供できたら連れて来い。約束だぞ」

と言いました。俺は「わかった」と言ってまたおじさんの手を握り返しました。

 船に戻って、窓の外を見ると、おばさん、お嫁さん、孫娘達が手を振ってます。おばさんは泣いちゃってました。オレ達も、一生懸命手を振りつづけました。さよなら、おじさん。さよなら、おばさん。さよなら、みんな。さよなら、波照間島。

 やがて船は海の上を走り出し、港で手を振る人の姿はどんどん小さくなっていきました。

 ふう。

 思わずため息が出ます。あっと言う間の5日間、とっても楽しかった。必ずまた来ます。てゆうか、子供ができて成長するまで待ってられないんで、子供ができる前にまた行きたいです。いや、必ず行きます。日本最南端の島の、鼻のおおきなおじさんに会いに。

(完) -次回、番外編-

1つ前

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2004.10.10

【波照間旅行記27】サイクリング

7/25(5日目) 午前8時半

 夜が明けました。寂しいけど、今日の昼には波照間を去らなければなりません。

 オレはうっしーと2人でレンタサイクルを借りてサイクリングをすることにしました。本当はうっしーが貝を拾いに行きたいと言ってたんだけど、潮の関係で今日だと早朝4時くらいじゃないと難しいとおじさんに聞いたので、諦めてサイクリングにしたのです。

 民宿から、島を一周する周回道路に出ました。とりあえず東へ向かいます。空が青くてとても気持ちいい。

07251.jpg

 まず、「ブリブチ公園」を目指しました。公園と言っても何もないんですが。ていうか、どこから公園が始まっているのかその境目もよくわからない。わかったとしても木がうっそうと生い茂って進入できない。ブリブチ公園を出て、とりあえずあちこちうろうろして、いたるところで写真をパチリパチリ。うーむ。いい画(え)が撮れましたよ。

07252.jpg

 ところで、波照間では、いたるところで道端に山羊が繋がれています。これはそれぞれ飼い主がいる飼い山羊だそうです。で、この山羊をどーするかというと、山羊汁にして食べるらしい。山羊汁は島の人にとってはたまらないご馳走らしいですが、20年前に山羊汁でもてなしを受けた経験のあるうっしー家の人々によると「苦手な味」とのことです。今回は幸か不幸か山羊汁をご馳走になることはできませんでしたが。オレ達がサイクリングの途中で見かけた何匹もの山羊も、いつか山羊汁の具になってしまうのでしょうか。

 さて、オレとうっしーは自転車を転がして西の浜に行きました。観光客が訪れる海水浴場ですが、朝早いせいか誰もいないよ!まさに2人だけの貸切りビーチ!こんなきれいな海と空を2人占めしていいんですか?いいんです!

040725_091501.jpg

 とりあえず2人でビーチを散歩して、写真を撮ったり貝殻を拾ったり、2人だけの貸切ビーチを満喫しました。

(つづく)

1つ前次へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.10.09

【波照間旅行記26】ステップ!

7/24(4日目) 午後8時

 オレ達は日本最南端の夕陽を見届けると、おじさんの家に向かいました。おじさん家の宴会に誘われていたからです。

 早いようでもう明日には波照間を去ってしまいます。今夜が波照間最後の夜です。

 おじさん家に到着。初日は庭に敷きものを敷いて宴会しましたが、今日は室内で宴会です。オレ達が到着して間もなく、初日に石垣で空港まで迎えに来てくれたOさんがやって来ました。初日は飛行機が遅れたせいで石垣滞在が慌ただしかったためちゃんとお話をするヒマがなかったのですが、Oさんはおじさんの従兄弟だそうです。おじさんはOさんのことを「弟のようなもんだ」と言ってました。

 そんなわけで宴会開始。焼き魚をした時に泡盛で酔いつぶれたのを目撃されたので、うっしー母さんとおじさん家のお嫁さんは気を遣って少量の泡盛を大量の水で割ってくれました。

 オレはそのスペシャルドリンクを手に左手にはOさん、右手にはうっしーをはさんでおじさんというポジションに位置。

 ところがこのOさんがクセ者で(笑)、オレが飲み物を一口飲むとグラスに泡盛を注ぎ足し、オレが一口飲むとまた泡盛を注ぎ足し、という調子。

 どんどん濃くなってるっちゅーねん!

 こんな調子で飲んでしゃべって、途中うっしーとオレは密かに(?)練習した「波照間島の歌」を披露。これはうっしーが10歳の時に波照間に滞在した際、一緒に滞在した友達(I川さんの娘)とともに開発した歌で、「青い青い海だよ 大きな大きな空だよ~」でお馴染みの「サモア島の歌」の歌詞を波照間島の情景に替えて、さらにそれを波照間島の方言に翻訳したという難しい歌です。ていうかオレは特訓の甲斐もなく歌詞を全部は覚えられなかったので、サビの部分(サモア島の歌でいうと「風は吹く、静かな海~」のところ)をハモるという役割を与えられました。まあ与えられた役割を無難にこなしてなんとか成功。

 うっしーが10歳当時おじさんおばさんに島の言葉を教わって作った歌です。今回はうっしーの記憶のみで再現したので歌詞が一部あやふやなところもありましたが(Oさんが首をかしげていた)、当時を思い出したのか、おじさんおばさんの大いなる感動を呼びました。感動の嵐の中心気圧は945ミリヘクトパスカル!!

 波照間島の歌、さわりだけ紹介するとこんな感じ。

 おーしゃんおーしゃんじーんと ふーもねんじーんと
 ぱちるますまや ふちつうなつー

 後はなんだかおじさんが三線を持ってきて弾いたり歌ったり。オレもちょっと弾き方を教わりました。

 Oさんがおじさんの三線にあわせて即興で踊りました。これがまた上手で。即興で適当な踊りなんだけど、沖縄の匂いがプンプンしてきます。

 Oさんは一通り踊ると、持っていた手ぬぐいを別の人に渡して「次は手ぬぐいを渡された人が踊るんだ」と言います。オレのとこにも手ぬぐいが回ってきたので即興でダンシング、イエー!「振り付けがワンパターンだ」というヤジにもめげず踊ります。ダンス、ダンス、ダンス。

 最後は全員で踊り乱れ、ぐちゃぐちゃに踊っておしまい。波照間最後の夜はこうしてふけていきました。

(つづく)

1つ前次へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004.10.06

【波照間旅行記25】待ちわびるサンセット

7/24(4日目) 午後1時

 ダイビングが終了し、オレとうっしーは父さん達と合流しました。港で昼飯(八重山ソバ)を食べたあと、2日目に追い込みをしたあたりに泳ぎに行きました。ただ、オレはダイビングでへばったので木陰で昼寝をしてました。後で写真で確認したところによると、この間にうっしーのビキニ姿の撮影などが行われた模様。

 民宿でひと休みした後、今度は西の浜に泳ぎに行きました。浜に着くと、なんと、昨日なくしたオレのスノーケルが置いてありました。おお!何という奇跡!めでたいことじゃ。

 そんなわけでオレも復活してひと泳ぎし、オレ達は民宿に戻って急いで夕飯をかきこみました。夕焼けを見にいくためです。入道雲がモクモクと出てることが多いので、太陽が水平線に沈むところを見れない日も多いそうですが、雲がなければ夕焼けがたいそうきれいなんだそうじゃ。のう婆さんや。

 オレ達は民宿を出て再び西の浜へ向かいました。車はおじさんに返してしまったので、てくてくトコトコ歩いていきました。

 危うく浜に着く前に陽が落ちてしまいそうになりましたが、なんとか急いで浜に着きました。水平線のあたりは雲が少なく、いい感じです。空の上の方には少し雲がかかっていますが、この雲と空と海と太陽の色のバランスが絶妙です。

 陽が落ちていくにつれ、空が赤く染まっていきます。まさに絶景。これを言葉にするのは難しい…。だから写真をお見せします。

↓太陽が水平線にかかり、いよいよ陽が落ちていきます。遠い空の向こうで、まるで何事もなかったかのように。
sunset1.jpg

↓夕陽を見つめるいいオンナ…うちの奥さん(うっしー)。
sunset2.jpg

↓そして陽が落ちた後。空は青さを取り戻しますが、微妙に赤く、ちょっと幻想的。
sunset3.jpg

(つづく)

1つ前次へ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2004.10.03

in the city TOKYO 2004 "トランジスターへおいでよ!"/The Wells

 The Wellsの再結成ライブ(11年振り!)を観にいった。実はThe Wellsを生で観るのはこれで2回目だ。要するにオレは過去1回しかThe Wellsを生で観たことがないのだが、このライブは見逃せないと思った。The Wellsはそんなバンドだ。

 初めてThe Wellsを観たのは忘れもしない1990年5月6日、FM埼玉かなんかが主催した「埼玉ゴーロック」というイベントだった。このイベントのトリはシーナ&ロケットで、この日会場の日比谷野音に集まった客の多くはシナロケ目当てだったと思う。チケットがなぜか500円で、当時高校3年だったオレはそのリーズナブルな価格設定に惹かれて出かけていった。目当てはシナロケと泉谷しげるだった。

 イベントは確か午後3時くらいに始まって9時過ぎまでやってたと思う。延々6時間以上、いろんなバンドが入れ替り立ち代わり演奏した。泉谷とシナロケ以外のバンドは全く聞いたことなかったんだけど、確か3番目とか4番目とか、最初の方に出てきたバンドを観てブッ飛んだ。強烈なビート。メロディアスな単音リフが印象的なギター。さらにギタリストはステージ狭しと「欽ちゃんジャンプ」(この時はまだピート・タウンゼントなんて知らなかった)を連発。シンプルな4人編成のそのバンドは"The Wells"と名乗った。この日一番印象に残ったのはシナロケでも泉谷でもなくThe Wellsだった。

 オレはそのあと、中古CD屋で見つけたThe Wellsの「1960's GUN」を買った。RCサクセション以外のCDを買ったのはこれが初めてだった。

 そのThe Wellsが一夜限りの再結成ライブを行うという。インターネットで偶然その情報を見つけたオレは、早速チケットを手に入れた。

 場所は渋谷のライブハウスChelsea Hotel、「トランジスターへおいでよ」というトランジスターレコードのイベントだ。サブタイトルは「The Wells再結成」、The Wellsがメインのイベントだ。小さいライブハウスでThe Wellsを観るのは初めて。というか、14年前の日比谷野音ライブはシナロケがメインのイベントだったから、実質The Wellsのライブは初めてのようなものだ。

 6時から始まったイベントは前座の2組が終わったとこで7時15分。セッティングが始まると、それまで最後列にいたオレはうっしーの手を引いて一気に前から5列目くらいに進出した。

 英国旗に「The Wells」のロゴが描かれた看板がドラムセットの後ろに掲げられると、客席から歓声。期待が高まる。

 客電が消えて、いよいよバンドのメンバーが登場。最後に出てきたボーカルの馬越が「11年ぶりだよ」と叫んで演奏開始。ライブは「ぼくらのうた」でスタートした。ギターはギュンギュンと唸りをあげ、バスドラムの振動がズンズンと胃袋に伝わってくる。やっぱり生はいい。

 馬越はとても楽しそうに歌っている。「今日はいっぱいやるから楽しんでってね」

 ギターの土山も大きなアクションを決めて弾きまくる。「みんな楽しい?オレも楽しい!」

 観てるほうも演ってるほうもみんなとても楽しそう。オレもThe Wellsがメインのライブを見るのは初めてで、CDも2枚しか持ってないから知らない曲もいくつかあったけど、純粋に楽しめた。楽しいから音楽、そんな感じ。

 「Happy Man」や「3-3-5-0 Everynight」等のノリノリのナンバーでは「元おっかけ」の人たちがステージ前になだれこみ、ジャンプしたり体当たりしたり大変な騒ぎ。オレは元おっかけ軍団と、静かに聴いてる人たちの中間くらいに位置して体当たりしない程度に体を揺らして楽しんだ。

 中盤、「じゃあ新曲を聴いてください」と新曲まで披露!11年前に解散したバンドとは思えない意欲と演奏。

 本編ラスト前、馬越がハーモニカを手に、「じゃあこの曲を聴いてください」と「1960's GUN」のイントロ。観客は大爆発。The Wellsの代表曲と言えるこの曲、学生の時バンドでコピーした。HR&HMサークルなのになぜかオレのバンドはRCサクセションやストリート・スライダーズのコピーなんかをやっててあまり相手にされなかったけど、この曲だけはサークルの他の部員や客にウケてた、そんな名曲。本物の演奏は間違いなく素晴らしい。

 とにかく、初めて、そしておそらくこれが最後の、ライブハウスで観たThe Wellsは14年前に衝撃を受けた時と同じようにカッコよかった。アンコールを「そんなことできないよ」で締めて、大満足の1時間半。The Wellsの再結成ライブは終わった。

041002_194001.jpg

セットリスト(Thanks to ユウさん、HIROさん)
2004.10.02 at 渋谷Chelsea Hotel
The Wells (Vo.馬越秀生, G.土山啓一, B.坂巻晋, Dr.坂巻聡)

01. ぼくらの唄
02. いつもの時間にいつもの場所まで
03. へんな惑星
04. ロボット
05. ひとりぼっち
06. 丘の上で
07. Tama-River Sunset
08. Happy Man
09. Homeless Heart (新曲)
10. Twist and Shout (Vo.土山)
11. 3-3-5-0 Everynight
12. In The Rye
13. GUNS OF HEART
14. 1960's GUN
15. Like a Working Machine
Enc.
16. I Can't Explain (カバー曲)
17. スローガン
18. そんなことできないよ

勝手にリンク
HIROさんのライブレポ
piroさんのBLOG
natu6220さんのBLOG

ロックな日々

| | コメント (4) | トラックバック (1)

« 2004年9月 | トップページ | 2004年11月 »