君が僕を知っている
あれは、まだ学生の頃、妻と結婚する前の話だ。もう付き合いはじめてから何年も経っていた。卒業も迫り、2人の将来についていやでも考えなければいけない、そんな頃の話だ。
***
「君に伝えたいことがあるんだ」
駐車場に入れた車から一足先に降りてアパートに向かっていた彼女を小走りで追いかけながら、僕はそう言った。
「なに?」
彼女は立ち止まってこっちを振り返った。12月の冷たい夜の空気に、彼女の吐く息は白く光っていた。
僕は彼女に追いつくと、一瞬立ち止まった後そのままアパートに向けて歩き始めた。彼女は僕の左側で並んで歩き始めた。
「君に伝えなきゃならないことがあるんだ」
僕はもう一度言った。
「…」
僕は言葉に詰まってしまった。言いたい事はちゃんと頭の中で整理してまとめていたはずなのに。いざ本人を前にするとどうやって話し始めればいいのか、考えていたことは頭の中から何処かへ飛んでしまった。
「何よ。早く言いなさいよ」
彼女は僕のちょっといつもと違う雰囲気を感じたのか、僕の緊張をほぐすように少し悪戯っぽく笑って言った。
「…」
でもやっぱり僕はうまい言葉が見つからなかった。
「あ、オリオン座」
彼女はふと話をそらすように言った。時計の針はもう12時を回り、辺りに人影は見えない。晴れた夜空にオリオン座が美しく輝いていた。
「あのさ」
僕は立ち止まり、意を決して口を開いた。
彼女も立ち止まり、僕をじっと見つめていた。
僕は両手を開いて肘を曲げて肩幅くらいに広げた。ちょうど、「小さく前へならえ」と同じような格好だ。
「あのさ、俺、今日このくらいの…」
僕の言葉が完全に終わらないうちに彼女は言った。
「…うんちが出たのね?」
何から何まで君が、僕のことすべてわかっていてくれる。
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