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2009.05.10

葬儀式

清志郎の葬儀式に行ってきたよ。

オレにとって清志郎はあくまでステージの上の人で握手もしたことないし、全然身近じゃなく、いってみりゃ雲の上の存在。だからなのか、清志郎が死んだというニュースを聞いてから今日までずーっと全然実感が無い。本当に清志郎は死んだのかな?世間があれだけ騒いでるんだから死んだんだろうな・・・、というくらいなもんだ。

オレとしては清志郎が死んだことを受け入れ(ることができ)ている感じがしないので、今日は行くのやめよーかなと思ったが、後で「あのとき行っとけばよかった」と後悔したくないので行くことにしてみた。ただ、清志郎が死んだってのは何かの冗談かもしれないので、冗談にはちゃんと乗せられないと、と思い、自分の意志表示として、黒いスーツに黒いネクタイ、黒い靴を履き、香典を持って出かけた。

乃木坂の駅に午後3時ころに着いて献花できたのは8時半。実に5時間半も並んでいたわけだ。

祭壇にはでっかい遺影が飾られ、骨壺もあったし、愛用の品々もあったし、献花のときは「宝くじは買わない」、「僕の好きな先生」や「スローバラード」がかかっていた。

それでもオレは泣かなかった。清志郎が死んでから、一度も泣いてない。

献花台の前、オレはでっかい遺影の清志郎に向かって、ピースサインをして小声で「イエイ!」って言ってみた。なんか、「安らかに」とか「ありがとう」とかちょっと違う気がして、「イエイ!」って言ってみた。献花台の部屋を出るころには「ステップ!」がかかっていた。

オレは結局、清志郎が死んでから一度も泣かないまま献花を終えた。

外に出て、葬儀所の敷地から出る前に後ろをふりかえると、ヒトハタウサギの風船人形がライトアップされて派手に光っていた。だからといって、ニッコリと笑えるわけでもなかった。

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2009.05.04

ロックは鳴り続ける

5月2日の深夜から、1日とちょっと。なんていうか、まだ、実感は無い。なぜだかわからないけど、想像していたような喪失感もまだ無い。

清志郎の肉体は滅んでしまった。でも、オレは明日も明後日も、清志郎の歌を聴き続けることができる。ライブではないけど、記録された音楽は鳴り続ける。記憶をたどれば、結果的に最後の野音になってしまったYAON 35のライブパフォーマンス(NICE MIDDLE以降ではこれがベストパフォーマンスだったと思う)も、なんとか思い出せる。それ以外のライブも、断片的にでも思い出せることは山ほどある。

当たり前だけど、オレはこれからもずっと生きていく。多分、これからの人生で一番多く聞くのは清志郎の歌になるだろう。これまでそうであったように。

まだまだ、清志郎のロックは鳴り続けるのだ。

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